子供とオモチャの駆動車が走り回るコンクリートヤード。
 その片隅でコーラ飲料デザインのベンチに座るひとりの男がいた。
 深い緑の作務衣を纏った大柄な男で、その体格は広げた新聞紙がどこか小さく見えるほどだ。
 男は額に皺を寄せながら新聞のページを手早くめくっていった。
 スポーツ欄。
 『覚者が今年もリーグ開幕! 注目選手はやはり入善忠孝! 炎の付喪らしく強固で激しいバッティングを見せ――』
 芸能欄。
 『今はやっぱり覚者アイドル! 人気絶頂の猫耳きららさんがなんと五冊目のグラビアを――』
 経済欄。
 『覚者の雇用は大幅に高まり、覚者にとってのバブル再来とまで――』
 男は乱暴に新聞を畳み、ベンチに放り投げる。
 そんな彼の足下にオモチャの車がぶつかった。
「あっ、ごめん薫ちゃん!」
 子供たちが駆け寄り、男のもとへ集まってきた。外見のわりに随分と可愛らしい名前で呼ばれるものだと思うだろうが、彼こと薫にとっては子供の頃からの愛称である。呼ぶ方も呼ばれる方も、違和感などまるでない。
 フルネームは祠堂・薫(しどう・かおる)。なにをかくそう、彼の背後にたつ祠堂製作所の所長である。
 祠堂は足下にとまった車をむんずと掴み上げると、子供たちの方を見た。
 子供は有線でつながったコントローラーをガチャガチャと動かしては困り顔をしている。どうやらコントロールが不能になってしまったようだ。
「おい壊すなよ! 俺のだぞ!」
「ごめん、でも僕……」
「ベンショーしろよベンショー!」
 間もなくケンカが始まった。祠堂はより一層額の皺を深くして、子供たちに手を翳した。
 大きな手である。子供はそれだけでぴたりと黙った。
「心配すんな。俺が見てやる。どれどれ……」
 ポケットから工具を出し、オモチャを開く。
 そうして三分と経たぬうちに蓋を閉じ直し、地面において見せた。
「ほら、走らせてみろ」
 アイコンタクトを受けた子供がコントローラーを操作してみると、車は見事に走り出した。
 片方の口角を上げて笑う祠堂。
「すげえ!」
「直った!」
 再び車を追いかけて走り出す子供たち。
 彼らは振り返り、祠堂へ再び駆け寄ってきた。
「なあ、俺のオモチャも直してくれよ」
「僕のも、僕のも!」
 祠堂は手を翳して後じさりした。
「あー、やめろやめろ。俺は仕事で忙しいんだ」
「嘘つけ暇だったくせに!」
「本当だよ。ほら、もう帰った帰った!」
 子供たちを手で払うと、祠堂はスチール扉を潜って工場へと逃げ込んだ。
 ぱたん、という小気味よい音と共に子供たちの声がくぐもり、やがて諦めたように遠のいて行く。
 祠堂はその音を聞きながら、『仕事で忙しい』工場を見渡した。
 せわしなく走り回る職員たちも、溶接作業をするじいさんも、せわしなく動き続ける機械も、なにもかも……そこには無かった。
 あるのはテニスでもできそうながらんとした作業場と、壊れたうえにホコリだらけになった数台の機械。あとは高い窓から差し込む陽光くらいなものだ。
 陽光の中にゆらいだホコリが、視界の中で動く唯一のものだった。
 祠堂は深いため息をつき、ヤードの端においやられたパイプ椅子へと腰掛ける。
 えらく傾いている。
 隣の長机も目に見えて傾いていたが、傾いて困ることなどない。上に乗っているのは焼酎の一升瓶だけだ。
 仕事の資料は勿論、職員の持ち物だって置いていない。
 当然だ。
 仕事も職員もなにも、この工場には残っていないのだ。
 あるのは所有権だけが残った工場のガワと、引取先の無かった故障機械と、それらの持ち主である自分だけだ。
「……覚者社会か」
 覚者が社会的に認知されたからといって日本の国旗が変わるわけではない。
 彼らはダンプカーに轢かれれば死ぬし、メシを食わねば死ぬ。税金だって課せられるし、犯罪を犯せば刑罰が下される。
 一部では非覚者だけをさして一般人と呼ぶ声もあって、差別主義者の暴言だなどと政治家にえらくバッシングされているが……祠堂から見れば覚者は特別な人間である。非覚者を一般人と呼ぶのも無理からぬ。
 百時間眠らずに働き続けられる人間だの、安全ベルトやはしごを使わずに高所作業が可能な人間だのが一般人なわけがあるか。
 永遠に15歳のままの女優が、容易に瞬間記憶を行なえる事務員が、一般人なわけがあるか。
 覚者が生まれてから、全国の大企業はパン食い競争のごとく覚者雇用を推し進めていった。各メディアも覚者を擁護することで確保体勢を敷き始め、気づいた頃には大企業と中小企業の差は絶対的なものとなっていた。
 そうなると今度は椅子取りゲームだ。覚者を確保できる中小企業だけが生き残り、非覚者だけの企業は競争に負けて排除されていく。
 祠堂のネジ工場がネジを作らなくなったのも、そんな競争に負けたからだ。
 競争に負けた企業には借金と後悔が残るのみ。
 あとは静寂。
 静寂である。
 ちりちりと。
 脳内でプラスチックの燃える音と臭いがして、祠堂は首を振った。
 一升瓶を手にとって、蓋を開けてみる。
 口を開け、上に翳して傾けてみるも、せいぜい三滴しか落ちてこなかった。
 それも狙いを外して頬と鼻にである。
 深く深くため息をついて、祠堂は瓶を床に転がした。
 転がっていった瓶が、無数に放置された空瓶とぶつかって止まる。
 祠堂はそんな様子に目もくれず、ただただヤードを眺めていた。
 ずっと奥にある、ブルーシートを被った何かの山だけが、嫌に鮮明だった。

 夜が妖の時間と言われているのは人が眠る時間だからだ。
 守る力が弱まり、妖たちが里へとあふれてくる。
 だが眠らぬ町の夜なれば、妖たちとて近づけぬ。
 代わりにあふれてくるのは、ネオンと雑踏と溝川の臭い。
 露出の多い女が道行くサラリーマンたちを手招き、パチンコ屋の自動ドアが開くたびにけたたましい音が漏れていく。
 そんな町の一角。ガード下のおでん屋に赤提灯が下がっていた。
 電車の通る音に紛れ、ガラスのコップがベニヤ台に叩き付けられる。
「覚者がなんだコノヤロウ! 俺たちのほうがずっといいネジを作れるんだぞ!? なあ、そうだろ!」
 傾く木製ベンチに座り、祠堂は赤ら顔を晒していた。
「ああ、そうそう。そうだ! 覚者がなんだバカヤロウ!」
 隣の男が乱暴に頷く。
 別に知り合いというわけではない。
 名前すら知らぬ。ありていに言って他人である。
 だがそんな他人に愚痴を漏らすことが、今の祠堂にできる唯一のことなのだ。誰が彼を責められようか。
 肘でコップを倒して台の上に焼酎が流れていくからといって、誰が彼を責めようか。
 おでん屋のおやじもただ無言で台拭き布を投げてよこすだけである。
 すると隣の男が聞いてもいない愚痴をこぼしはじめる。
「俺だって、工場のプレス機で腕をやっちまって……この通りだ、腕が!」
 被っていたマントをどけて右腕を晒すと、男の腕はヘンテコな機械になっていた。
「無償で義手をつけてくれるというから言うとおりにしたんだ。そうしたらこんな中古品をつけてやがって! 聞けば憤怒者が使ってる義手型兵器だっていうじゃないか! 見るからにテロリストだ! どうしてくれるんだよ、こんな腕した奴を雇ってくれる所なんてないぞ! 本当にテロリストになってやろうか!? あの工場、ぶっ壊してやろうか!」
「ああそうだそうだ、ぶっ壊しちまえばいいんだそんな工場は!」
 頭をぐらぐらとさせた酔っ払いの妄言である。誰もまともに取り合いはしない。
 いや、彼らが酒を一滴も呑んでいなかったとしても、取り合わなかっただろう。
 彼らは社会に捨てられた民なのだ。
 あと数年も待てばホームレスになって都会のネオンの下へ逃げ込んでいるであろう身である。
 まるでドブネズミのように。
 まるで蠅のように。
 祠堂はどろんとした目で割り箸を掴んだ。
 一個五十円の大根にそのままかぶりつく。
 昆布と牛すじ、そして大根のダシが混ざり込んだおでんつゆが口の中に広がっていく。乱暴に乗せたからしが後からやってきて舌の上で暴れた。
 顔をしかめつつ焼酎をあおる。苦みと炎が喉へ流れ込むようだった。
 それだけが救いだった。
「ちくしょうめ」
 自分が言ったのか、相手が言ったのか。
 くらんだ頭には判別がつかぬ。
 祠堂は台に突っ伏し、目を瞑った。

 朝の光と鳥の声。
 自分の酒臭い息に顔をしかめて目を開けると、そこは祠堂製作所の屋内ヤードだった。
 ホコリまみれの地面に横たわり、ブルーシートを全身に巻き付けて号泣していたらしい。
 なんということだ。
「祠堂さん……クク、いいお目覚めですねえ」
 陰鬱な声がして振り返ると、丸めがねの男が自分を見下ろしていた。
 これがいい目覚めに見えるというのか。
 祠堂は乱暴にブルーシートを脱ぐと、乱れていた作務衣をいい加減に整えた。
「水橋か……」
「ええ、おはようございます」
 水橋。丸めがねにタキシードという冗談のような格好の男である。蝶ネクタイもきっちり結んでいる。
 だが格好通りに紳士的かと言えばそうではない。常に雨曇りのような陰鬱顔で、上唇の片方だけを引きつらせるような汚い笑い方をする。歩くときは決まって猫背だ。
 はじめに見たときは頭の中で『ドブネズミ野郎』と呼んでやったものだが……今は祠堂も立派なドブネズミだ。
 同じ穴の狢である。
「それで、祠堂さん? 例のものは……クク、用意してあるんですよねえ?」
 水橋は例の笑い方で両手をもみ合わせていた。
 顎でヤードの端を示してやると、水橋はへこへこした足取りで木箱へと近づいていった。
 昨日までブルーシートがかかっていた場所だ。木箱は真新しく、ヤードの雰囲気から浮いていた。
「どれどれ、拝見しましょうねえ」
 箱を開ける水橋。
 中には数本の刀と拳銃が無造作に入っていた。
 オモチャではない。人を殺せる刀と、人を殺せる銃である。
 拳銃を手に取る。
 リボルバー弾倉を開いて中を覗き込むと、例の笑い方をより一層深くした。
「クヒ、クヒヒヒ……さすが祠堂さん。素晴らしい武器ですよ。覚者の使う神具に勝るとも劣らない。さすが伝説の――」
「うるせえ」
「昔はこの腕で偉い人に重宝されてたんでしょう? どうしてネジ工場なんかやってたんですか」
「どうでもいいだろうが」
 祠堂はパイプ椅子に腰掛け、自分が作った神具たちから目をそらした。
 そんな彼の脇。傾いた長机の上に茶封筒が置かれた。中から分厚い札束が覗いている。
「毎度どうも。次もお願いしますよ」
 この工場がいまだ駐車場にならず、祠堂がいまだホームレスになっていないのはこの裏仕事のせいだ。
 はじめは借金を返すための苦肉の策だった。
 覚者発生と同時期に始まった特別な武具の製作は、当時の職人たちの間で革命的なものとなっていた。
 伝統芸能に落ちぶれていた刀鍛冶は脚光を浴び、モデルガン改造しか能の無いオタクは富を得た。中でも特に着目されていたのが『神具』の製作能力をもつ人間である。
 幸運なことに、祠堂の家にはあらゆる金属に神威を宿す技術が伝わっていた。それが神具に最適な技術であることに気づいた彼は事業を拡大し、工場を大きくし、職員を大量に雇い、やがて国に着目され……。
「ちっ」
 脳内でプラスチックの燃える音と臭いがして、祠堂は一升瓶を手に取った。
 昨日おでん屋のおやじから瓶ごと買ったものだ。中身はちゃんとある。
 水橋にだってもう用は無い。
 だというのに、水橋はいつまでも立ち去らずにその場に突っ立っている。
 ひとにらみしてやるとおびえたように笑った。
「クク、恐いですねえ。なんですかもう」
「いつまでもそんなところに立ってるからだろ。さっさと帰れ」
「いえね、今日はもう一つお話がありまして……クク」
 この男から来る話などろくなものではあるまい。
 彼に売りつけた武器は妖討伐に使われるのだと説明されているし、実際妖ハンターが使用しているのも知っている。
 だが流れた武器の大半は憤怒者組織に流れ覚者へのテロに使われているということも……うすうす気づいていた。
 憤怒者が覚者に対抗するには強力な兵器が必要になるからだ。覚者には神具という特殊な武器があるが、これを非覚者が使用すると激しい精神疲労に見舞われる。神具性を持たず、尚且つ協力な武器でなくてはならないのだ。
 もとより信用できる男では無いのだ。
 だが、聞かねば帰らないだろう。
 祠堂は短く『話せ』とだけ言った。
 笑う水橋。
 拳銃を一つ、天に構えて見せてくる。
 これは祠堂が製作したオリジナルの拳銃だ。既存のどの型とも異なる。
 特に名前をつけたわけではないが、ある風の噂から『タケミカヅチ』と呼ばれていた。
「ええ、祠堂さんの作るこの『タケミカヅチ』、本当に反響が良くてですねえ。もっと欲しいと言われてるんですよ」
「追加発注か」
「いえいえ」
 薄目を開く水橋。
「『本当のタケミカヅチ』が欲しいんだそうで」
「…………」
 祠堂の視線に殺意が混じった。
 笑いながら後じさりする水橋。
「やっぱりあるんですね? さっすが皇室警備隊正規採用候補にまで上り詰めた祠堂さんだ」
「その話はするんじゃねえ。タケミカヅチも、設計図ごと葬った。もう誰も作れねえよ」
「製作に関わった人たちは死んじゃいましたからねえ、あなた以外」
「……何が言いたいんだ?」
「設計図さえあれば、作れるんじゃないんですか?」
 祠堂は押し黙った。
 そうするしかなかったからだ。
 水橋はその反応を肯定ととったのか、嫌な笑いと共に背を向けた。
「それじゃあ祠堂さん。次もよろしく」

 その日は工場から出なかった。ずっとパイプ椅子に座り込み、焼酎をあおっていた。
 やがて日が暮れ、夜が来てもだ。
「酒が無くなっちまった」
 静まった夜。
 傾けた瓶から数滴しかたれてこないのを見て、祠堂は頭をかいた。
 夜は酒を飲むことに決めていた。そうしないと、あの日の夜を思い出すからだ。
 プラスチックの焼ける音と臭い。
 かき消そうとして酒をあおろうにも、瓶の中身は空だ。
 記憶がよみがえっていく。
 溶解して焦げていくオモチャの滑り台と、ごうごうと音を立てて燃え広がる炎。
 炎に包まれる我が家と、遠ざかっていく救急車の音。
 その日は遅くまで工場で作業をしていた。
 皇室警備隊に自分たちの銃が正規採用されるチャンスが訪れたからだ。
 相手は潤沢な資金をもった組織だ。しかし政治的理由によって非覚者のみで構成されているため、強力な武器が必要になったのだ。その神具を決めるための試験が、すぐそこまで迫っていたのだ。
 もし採用されたなら大金持ちだ。妻にも娘にも楽な暮らしをさせてやれる。
 事業をもっと拡大して、もっと大金を稼いだっていい。
 非覚者ばかり雇った工場も維持できるし、路頭に迷っている沢山の同胞たちを救うことだってできるだろう。
 祠堂は燃えていた。夢中になっていた。
 だから見逃したのだ。
 作業所の電話が鳴り響くのを、何度も無視した。
 今の作業より重要なことなどないとばかりにだ。
 その電話の内容が、『自宅が燃えている』ということだと知ったのは、しつこくかかってくる電話にため息交じりに出てからだった。
 作業を投げ出し、車を飛ばして自宅へ戻る。
 既に消火作業は始まっていた。ヤジウマを押しのけて駆け寄ると、消防隊員にとめられた。
 この家の者だと裏返った声で怒鳴ってやると、消防隊員の彼はひどく苦しい顔をして、こう言ったのだ。
 残念ですが。
 奥さんと娘さんはお亡くなりになりました。
 夜間に発生した妖が家族を襲い、家に火をつけていったのだという。
 土地の安い田舎に家を構えていたからだろうか。
 頭が真っ白になった。
 武器製作などもう手に付かず、すべて投げ出した。
 チャンスを失い、立ち上がることすらままならなかった彼に待っていたのはさらなる転落のみである。
 坂道を転がる石のごとく、彼の人生は下へ下へと落ちていった。
 工場は無くなり、職員は辞めていった。なんとかやり直そうと立ち上げたネジ工場も非覚者不況のあおりをうけて倒産寸前。そこへあの水橋がやってきて、強力な武器を作ってくれませんかと言ったのだ。
 すがりつくしか、なかったのだ。
「……くそっ!」
 酒瓶を地面に叩き付ける。瓶は砕け、茶色いガラス破片が散らばる。
 このままではダメだ。酒を入れて忘れなくては。
 今夜は特に強い酒が飲みたい。
 手元の茶封筒から乱暴に札束を引き抜く。
 すると。
 一万円札につられて妙な紙切れが飛び出してきた。
 何気なく開いてみたならば。
「こりゃあ……」
 祠堂は設計図を机に広げ、血が出る程に唇を噛んだ。
 忘れもしない、この図面。
 祠堂の妻と娘を死なせた銃。
 量産銃からオミットした忌まわしき機能を備えたあの銃。
 『真タケミカヅチ』の設計図だった。

 翌朝。
 工場の外で車の止まる音がした。
 やがてスチール扉を潜って水橋が入ってくる。
「やあどうも祠堂さん。クク、今日は酔っ払ってないんですねえ、めずらしい」
「ああ……」
「何か大事な作業でも?」
「ああ……」
「特別な武器でも、作ってらっしゃったんですかねえ?」
「そんなところだ」
 祠堂はパイプ椅子から立ち上がり、懐から一丁の拳銃を取り出した。
 リボルバー弾倉式の祠堂オリジナル銃である。が、しかし。側面のセーフティレバーには解除機能とは別に『供犠』と彫り込まれた部分があった。一部のバースト切り替え機能と同じようにだ。
 それを見て、水橋は深く笑った。
「クッ、ククク! クヒヒヒ! それ、すごいじゃないですか祠堂さん! あの一日で作っちゃったんですか!?」
「いや、一晩だ」
「そりゃあすごい! もう、言い値で買いますよ! クヒヒ! 買い手も喜びますからね! その前に、一回触らせてもらっても……」
 喜色満面に駆け寄ってくる水橋。祠堂は真顔のまま銃を半回転させ、銃口を彼に向けた。
「え?」
「こいつは……『真タケミカヅチ』には命を弾にして撃つ機能が備わってる。五行の力を持たないヤツでも覚者並かそれ以上の殺傷力を出すためだ。この工場に銃弾はねえし作ってもいねえが、これならお前をぶっ殺せる」
「いや、祠堂さん冗談はやめ――」
「冗談じゃねえ!」
 祠堂はレバーを操作し、『犠』へと合わせた。サクリファイスモードと呼んでいた機能だ。引き金を引けば、祠堂の生命力を削るかわりに強力な弾を発射できる。水橋をたったの一発で殺すことだって、可能なはずだ。
「この銃は売らねえ。でもって憤怒者にも売らねえ。これからは妖ハンターにだけ武器を売れ」
「クク、祠堂さぁん」
 水橋は両手を挙げて、そして笑った。
「あなた馬鹿ですか?」
「な――」
 途端、水橋は銃を抜き、祠堂へと発砲した。
 弾丸が胸へ命中。おびただしい血が流れ出し、思わず祠堂はうずくまった。
 取り落としてしまった真タケミカヅチに手を伸ばすも、二発目の銃弾が肩に命中。
 スチール扉や別の入り口から入ってきた戦闘服姿の男たちが発砲したのだ。
 うめき声をあげて祠堂はその場に横たわった。
 血のついた真タケミカヅチを手にとって、しげしげと眺める水橋。
「て、テメェ……!」
「こちとら実物さえあればいいんですよ。構造を分析すれば複製できますしね。だから……クク、アンタは用済みなんです、用済み」
 祠堂を男たちが囲む。
 彼らの戦闘服には、わずかに見覚えがあった。
「イレブン……の、手下の連中か……」
 裏社会に潜む巨大な憤怒者組織。それがXI(イレブン)である。
 実態は闇に包まれ、下部組織ですらその正体を知らない。知った者は大体死ぬからだ。
「クク、うちの『買い手』はアンタの技術をえらく評価してましてね、金と時間がどれだけかかってもいいから真タケミカヅチを手に入れてくれとまあ、こんなオーダーでして。武器商人のフリもうまかったでしょう?」
 祠堂は荒い息をしながら自らの血に浸っていた。
 騙された……とは、思わなかった。
 はじめからうさんくさい男だったのだ。妖討伐が目的だと言って武器を買っていたが、それが嘘だとも分かっていた。
 金ほしさに武器を売って、今更騙されたなどとムシがよすぎる。
 金ほしさに妻と娘の死を見逃した自分には、丁度いい死に様ではないか。
 さあひと思いに撃ち殺してくれ。
 やり残しがあるとすれば、妻と娘への謝罪くらいだ。
「すまん、俺は……」
「その言葉はまだ早い」
 知らぬ声が割り込んだ。

 世界は非情である。
 悲鳴の多くは誰にも届かず、悲劇の多くは報われない。
 ゆえに世界に悲しみがあり、不幸がある。
 だがもし。
 もし全ての悲鳴を聞きつけ、すべての悲劇を報いる者がいるとしたら。
 夢見の言葉を背に受けて、全ての悲しみと不幸に立ち向かう者たちがいるとしたら。
 彼らはきっと、やってくる。
「まだ懺悔をする時ではないぞ、祠堂所長」
 全てを知った顔をして、前触れもなく突然現われるのだ。
 横たわる祠堂と、彼を囲む戦闘服の憤怒者たち。そして水橋。
 彼らの視線はただ一点、徐々に開き行く自動シャッターに向けられた。
 逆光を浴び次第に形を帯びるシルエットは黒。
 黒い革靴、黒いスーツに白いワイシャツ。そして黒いネクタイ。
 おまけにそいつは黒いサングラスにざんばら髪の男ときた。
 型にはめて作ったような、あまりのも『よくありすぎる』出で立ちに、その場の全員が瞠目した。
 なぜなら彼はたった一人で現われ、たった一人で工場内に踏み込み、たった一人でその場の全員に拳銃を向けたからだ。
「なんだ、あんた」
「詳しい話は後だ。――状況開始」
 黒服の左肩が紫色に発光。それを精霊紋様の覚醒状態だと察した水橋は、戦闘員たちに慌てて号を放った。
「あいつは敵です、撃て!」
 アサルトライフルを構えた戦闘員たちが次々に発砲。黒服は祠堂に『引きつけておくから逃げろ』と暗黙の合図を送りつつ物陰へとダッシュ。壁や地面を銃弾が跳ねる中、ギリギリのタイミングで故障機械の裏へと転がり込んだ。
 戦闘員たちは『扇状に囲め』の合図を出して展開。
 慎重に移動しながら黒服の包囲を始める……が、陣形が整う寸前のタイミングで黒服が急に物陰から飛び出し、銃を乱射しながら中央の戦闘員へと突撃してきた。
 自殺行為だ。これ幸いと銃を向ける戦闘員だが、引き金をひきかけてびくりと止まった。両脇の隊員の斜線が味方に被るのだ。
「やめろ、今は撃つな!」
 叫びながら中央の戦闘員がアサルトライフルで連射。数発の弾黒服の胸や腹に命中し、じわりと血液がひろがる。が、彼の突撃は僅かにだって止まらなかった。
 どころか一層加速して中央の戦闘員に肉薄。腰から抜いたコンバットナイフで首筋を切りつけてから、後ろに回り込んで肉の盾とした。
 瀕死の戦闘員の肩越しに三連射。
 最後に後頭部を綺麗に打ち抜いてから離脱し、別の機会の裏へと回り込んだ。
 機械に当たって跳ねていく弾を警戒しつつ、黒服は小さく息をついた。足下では祠堂が傷口を押さえて呻いていた。口からは唾液混じりの血が糸のように垂れている。
「生きられそうか」
「なんとか」
「あと十分は耐えろ」
 そうとだけ言って、黒服は銃のリボルバー弾倉を開いて空の薬莢を排出。
 スピードローダーを押し込んでリロードすると、勢いをつけて物陰から飛び出した。
 狙いをブレさせるように地面を転がりながら銃を連射。戦闘員たちはたちまち血を吹き、次々と倒れていった。
「その動き、まさかAAA(トリプルエー)か!」
「元AAAだ。今は警備員をやっている」
 そう言って、最後の敵を射撃。脳天を打ち抜かれた戦闘員はスプリンクラーのように血を吹いて倒れた。
「ヒ、ヒイッ!」
 頼みの戦闘員が全滅したのだ。水橋の心中はお察し頂けよう。
 真タケミカヅチを手に取り、転がるように逃げ出した。
 振り向き、絶妙なワンショットスナイプを放つ黒服。足を打たれた水橋はその場に転倒し、銃を取り落とした。
「それは置いていけ」
「く、くそっ……!」
 水橋は地面を叩くと、足の傷を庇いながら逃走した。
 遠ざかる車のエンジン音。
 やがて静かになったヤードには、血と硝煙の臭いだけが残っていた。
 ゆっくりと物陰から這い出る祠堂。
 まだどこかに敵が潜んでいるかもしれないと警戒したが、黒服はこれ以上敵が居ないことを予め知っているかのように落ち着き払っていた。
「今救急車を呼んだ」
 祠堂に簡単な手当をしてから、黒服は一丁の銃を取り出した。
 真タケミカヅチだ。
 こんなものを作ってしまったばっかりに。
 祠堂は目をそらし、顔を歪めて自分自身を罵倒した。
「いらん。お前が使えばいいだろう。銃の扱いに慣れていそうだ、丁度いい」
「自分にこの銃は必要ない」
 銃を回し、グリップを向ける形で突き出す黒服。
「自分の相棒は、これとこれだ」
 黒服は自分の銃とナイフを示すと、それきりじっと黙ってしまった。
 それ以上言うべきことは無いというのか。
 祠堂は苦々しく、銃を受け取った。
 あえて無粋な話をするならば、『他人の神具を奪うと呪われる』というジンクスがあって、驕り高ぶり他者の武器をパクろうとした覚者が破綻者化したという実例もある。五行世界において武器の鹵獲は暗黙のタブーとされているのだ。
「……相棒、か」
 祠堂の手の中で、銃は不本意になじんだ。
 妻や娘を犠牲にして手に入れたものが、自分の手に一番なじむなど。
「俺の相棒は、こいつじゃあない」
「……」
 会話を求めて呟いたつもりだったが、黒服はただ黙って祠堂を見下ろしていた。
 沈黙が暫く続き、救急車のサイレンが近づく頃になって、黒服はようやくポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「ここへ来い。本当に手に入れたかったものが見つかる筈だ」
 祠堂に紙切れを押しつけ、黒服はまるでサイレンカーから逃げるかのように姿を消した。

 数ヶ月後。
 工場のブレーカーを落とし、祠堂はヤードの外へと出た。
「……もう、ここには戻らんな」
 振り返る祠堂。
 黒服と分かれた後、見知らぬ清掃業者が駆けつけて色々な意味での後片付けをしていった。
 大抵のものは回収され、あの場で起こったことは無法者の小競り合いか何かに仕立てられ、情報は闇へと焼却されたのだ。
 祠堂自身も訳も分からぬまま月日が過ぎ、手術や回復も順調に済んだ頃になって改めて、黒服から教えられた場所へ行くことにしたのだ。
 直接連絡をとってみた所、『彼ら』は祠堂の経歴や技術を熟知した上で自分たちの組織に加わることを進めてきた。どうやらあの黒服も組織の一員であるらしい。
 暫く迷った……と言えば嘘になる。なぜならその電話口で返事を述べていたからだ。
 係員らしき女性は待ち合わせ場所と日時を述べ、必要なものだけを持ってこちらへ来てくれと伝えてきた。
 これに関しては、暫く迷った。
 あれやこれやと荷物を分けていた祠堂だが、結局の所持って行くことにしたのは一つか二つである。
 なみなみと残った焼酎の瓶も、ばらばらに砕いて壊した真タケミカヅチも、全て工場に置いていった。
 特別に持って行ったものといえば、祠堂が家族三人でとった写真だけである。
 死んだ妻と娘、そして生きている自分。
 それさえあれば、他にはなにもいらないのだ。
 今の自分なら、何だって作れるだろう。
 そう思えて仕方なかった。


第肆話:神具(シング)

※世界観ノベルにはFiVEメンバーと思しきキャラクターが登場いたします。
ノベル上でのみの特別演出としてお楽しみ下さい。