陽光の中を走る、黒塗りの高級車。
 黒塗りは列を成し、ひとつの巨大な生き物の如く走って行く。
 列を見た住民たちは残らず平伏し、すべての車がゆくのを待った。
 平伏したものたちによってできた道は長く長く伸び、巨大な屋敷の門前で止まる。
 車の終着点もまたそこである。
 黒い服の男たちが車を出て、後部座席の扉を開ける。
 開かれた扉から現われたのは、白鬚の鬼……いや、白鬚鬼の能面を被った老人である。
 しかしその立ち姿に老いは無い。
 自らを囲み一様にひれ伏す人間たちの列を、当然のように歩いて行く。
 車は時計で正確に計ったように正確なリズムで一台ずつとまり、それぞれの車から仮面をつけた者たちが下りてくる。
 白鬚鬼から始まり、橋姫、三光尉、猩々、獅子口、河童、そして泥眼。計七面。
 これらの単語の意味を詳しく知る者がおられようか? もしいるならば、その異様さに気づくだろう。
 七人全てが入っていった後で、黒服の男たちはゆっくりと顔を上げた。
 そして一様に、門に飾られた金の紋を見る。
 火縄の鉄砲を七本交差させたようなその紋様をさして、彼らはこう呼んでいる。
 『入善』。
 今全国で急成長を遂げている財閥である。

 暗闇の中にぼんやりと灯る火。火の数は七つ。
 大きな円を描くように蝋燭が立ち、ゆらめく火に七つの能面が照らし出されていた。
 三光尉がよく張る声で唱える。
「入善財閥。会合を始める。入善灼敬さまより、令」
 面がそれぞれ、白鬚鬼を向いた。
「よい。述べよ」
 白鬚鬼の言葉に橋姫が頷いた。女の声だ。
「『マスグラバイト』の開封を確認しました。しかし何者かに対抗処置をはかられましたが、それを回避して逃走。どうやら、『予期せぬ組織』が事前に動いていたようですわ」
 闇の中から無数のどよめきがおこる。ここに並んでいるのは七人だけではないのだ。発言権を持たぬ無数の人間たちが、この場に集められている。発言権どころか立ち会う権利すら与えられていない者たちは、今門前に立って周囲に威圧的な目を光らせているところだ。
 橋姫はこほんと咳払いをし、どよめきを収めた。
「組織の実態はつかめておりません。目撃者の話によれば、まとまりの無い集団だとのことですが……目撃したのはあなたのところの人間でしょう?」
 話を向けられて、三光尉が低く唸った。
「AAAとも、皇室警備隊とも、警察の特殊部隊ともとれぬ。訓練をうけておらん動きだったそうじゃ。顔ぶれからして、地元の自警団でもない。それに……」
「『夢見』を確保できるほどの組織である可能性が、高い」
 闇の中で再びどよめきがおこった。
 台を乱暴に叩く猩々。ろうそくが揺れ、どよめきがぴたりとやむ。
「ンな組織、俺らが尻尾をつかめねえ筈がねえや。手ぇ抜いてるんじゃあねえぞジジイ」
「殺生だけが能の男が一人前に言うのう。諜報のイロハも知らんくせに」
「ンだとコラぁ!」
 机をより強く殴り、立てかけてあった刀に手をかける猩々。鍔を弾こうとしたその途端、ごがあと明後日の方向から異音がした。
 河童からだ。よく見れば面が船を漕ぐように傾き、ごがあごがあ鳴いている。
 いや、寝いびきをかいているのだ。
 全員の注目が集まったところで、ぴたりと止まる。
「んああ? あー、おきとるおきとる」
「……」
 阿呆な振る舞いに毒を抜かれたようで、猩々は刀を置いた。
 ため息をつく獅子口。
「夢見ねえ……。そんなのを確保出来る組織なんて限られてくるんじゃないの? 七星剣とかさ。仮にどっかで『目覚め』がきちゃっても、ソコソコの組織じゃかぎつけられてパクられちゃうんじゃない? ねえ泥眼ちゃん」
 泥眼がこくりと頷いた。か細い声を拡声器にのせて述べる。
「それらの手から逃れるすべを持つとすれば……確実な戦力をもった巨大な組織にちがいありません、よね。そんな、組織が……知られていないはずが、な、ないです」
 静まりかえる。
 能面たちも、暗闇に立つ者どもも。
 長く続く静寂ののち、白鬚鬼が手を翳した。
「ならば、問うてみるか」
 ぼわりと灯るろうそくの輪。小さなろうそくの輪に照らし出されたのは、金属製の椅子である。
 椅子からだらりと下がった脚である。
 脚につながった無数の枷である。
 炎は灯りを増し、その全容を照らし出す。
 金属の椅子に腰掛けた、白髪の少女を映し出す。
 脚、腕、首、腰、胸、頭。あらゆる部位に枷のはまった少女である。
 両目は黒い金属面によって隠され、口にも最低限の呼吸ができるだけの拘束具が嵌められている。
 よくみれば、腕には点滴器具がつながっていた。
「夢見よ。夢に見たことを、述べよ」
 少女の口から拘束具が外される。途端、しゃくりあげるような荒い呼吸と共に少女はむせかえった。
 広角からおちる唾液をそのままに、少女は呟く。
「見えないの。たくさん、たくさん、光、あつまって、消えないの。ちいさくて、消えそうなのに」
「……」
 白鬚鬼が手を翳すと、少女の横に立っていた黒服の者が馬上鞭を放った。
 悲鳴と血と唾液が飛ぶ。
「はっきりと、述べよ」
 荒い息を整えもせず、少女は。
「……わかりま、せん」
 と、述べた。述べたきり白鬚鬼が手を翳し、少女は再び口を塞がれた。
 そうしてやっと、どよめきがおこる。
 失笑する猩々。
「夢見の予知夢は見るもんじゃねえ、見せられるもんだ。ンなこたあ誰でも知ってる。神様じゃあるめえしよ。でもって吐く言葉が意味わかんねえんじゃ、クソの役にもたちゃあしねえ」
「フン。だから貴様は馬鹿だと言われるんじゃ」
 せせら笑う三光尉に、猩々は肩を怒らせて刀をとった。
 三光尉は構わず続ける。
「大規模な組織力を持たぬ人間たちが寄り集まった新しい組織が生まれようとしておるんじゃ。そして、その組織は我々ですら調査不能なほど強固に隠蔽されておる。並の組織じゃあ存在すら認識できんじゃろうよ」
「『F.i.V.E』」
 囁いた泥眼に、何人かの面がぴくりと反応した。
 今の世の中でこの名前を知っている人間は少ない。名前の正しい意味やその正体に至っては誰も知らないほどである。
 どこからともなく現われる武装覚者組織なんてものがあるとすれば、なるほどイメージにぴったりだった。
「ふうん? 俺も聞いたことあるよ。最近日本の各地でさ、どこからともなく現われてなーんの利益も得ずに帰ってく覚者が確認されてるんだよね。関わる事件も色々でさ、コンビニ強盗から工場テロまで無節操だよ」
「ンなもん都市伝説だろ。偶然そういう奴がそこら辺いたっつーだけで、F.i.V.Eなんて存在しねーんじゃねーのか?」
「仮定で話しましょう。各地で起きている『都合の良い救済』がすべてF.i.V.Eという組織によるものだとして。我々の利益になることもあれば、損益になることもありましたわね。特定の組織への攻撃行動ではないようですし……」
「強いて共通点をあげるとするなら、非武装の非覚者への被害を軽減すること、かのう」
「くだらない。何の利益があるっていうんです」
「ンなこと俺らが知るかよクソババア。とにかくその所属不明の覚者だかをぶっ殺せばいいんだろ?」
「日本列島でローラー作戦でもする気? 馬鹿みたい」
「ンだとババア!」
 椅子を蹴って立ち上がる猩々。手元の数珠を握りしめる橋姫。
 そして椅子から転げ落ちる河童。
 がっしゃんという盛大な音に振り返る一同に、河童は何事も無かったかのように椅子を戻して座り直し……。
「いや、寝とらんよ? わし? 聞いとったよ?」
 と言った。
 深いため息をついて腰を下ろす猩々。
 獅子口が頃合いとみて手を上げた。
「まあまあそう怒らないでさ。今重要なのは『マスグラバイド』でしょ?」
「いいや、奴は捨て置いてよい」
 かぶせるように放った白鬚鬼の言葉に、一同は見るからに動揺した。
「よ、よいのですか? 夢見が予言した大規模な妖災害の、トリガーとなる石なのに」
「町ごと破壊されたら流石の俺らもタダじゃすまないでしょ。手を打ったほうがよくない?」
「やがておこる妖災害は、あの人狼によるものではない。奴は確かに有力な大妖だが、今回警戒すべき相手は他にいる」
「なっ……!」
 身を乗り出す猩々。
「ンなわけねえだろ! あのバケモンが小物!? じゃあ、何が来るってんだよ!」
 猩々は愚かにも大声を張ったが、それは誰もが言いたかったことだ。皆だまり、白髭鬼の言葉を待った。
 そして、白鬚鬼はただ一点……大量の拘束具で繋がれた少女だけを見て、言った。
「人魚だ」

 会合はその後、いくつかの情報交換を経て終了した。
 能面たちも、そして闇の中に立ち会っていた者たちも、入善の屋敷を去って行った。
 彼らが交わしていたのは、全国に展開した商売の状況である。
 これに対し白鬚鬼こと入善・灼敬(にゅうぜん・あらたか)は夢見が予知した情報をもとに今後の動きを指示するのだ。
 これにより、入善財閥は多くの災害を回避し、同時に多くの利益を獲得していた。
 当然彼らの手腕も確かなものだ。だがもし夢見を失えば、財閥は崩壊するだろう。
「……」
 能面を外し、入善は屋敷の地下へとおりていく。
 大量の黒服や女中たちが守っている屋敷だ。ただの人間では二部屋移動するだけでも様々な権限が必要になる。だが入善だけは別だ。どこをどのように歩いてもよい。
 そんな彼が一直線に向かったのが、地下の座敷牢である。
 数人の女中が平服して出迎える。
「入善様、夢見は弱っております」
「知っておる。はずせ」
 女中は暫く黙ったあと、他の者たちをつれて座敷牢を出て行った。
 鍵を開け、中へと入る入善。
 そこには金属の拘束椅子に繋がれた夢見がいた。
 彼女は手足の自由はもちろん、ものを喋ることさえ許されていない。
 一見虐待めいた光景だが、必要な処置だ。彼女は未来を見る、夢見の能力者だ。
 その力は畏怖すべきものであり、自由に歩き回られて、自由に触れ回られては困るのだ。
 この力は入善財閥がいつまでも保有し続けなくてはならない。
 誰の手にも渡さず、より多くの利益を得るために利用し続けなくてはならない。
 それが大量の人間の生活を抱えた入善の責任であり、義務である。
 そのために夢見を完全な制御下におくべきだが……しかし。
「夢見よ」
 入善は口と目の拘束具を外し、顔を露わにさせた。
 美しい少女である。
 町を歩けばきっと男たちは振り返ったろう。
 舞台に立って踊ってみせれば観客たちは残らず拍手を送るだろう。
 だがその全ては許されぬ。
 入善は、夢見の目を見て言った。
「貴様、夢見の儀にて……嘘を述べたな」
「……い、いいえ」
 髪を掴み、椅子の背もたれに後頭部を叩き付ける。
 座り心地など全く考慮されていない金属の椅子である。背もたれに血の筋が伝った。
「貴様が見る夢には限度がある。なにもかもを知ることはできぬ。なにもかもを述べることはできまい。だが、知ったことを黙ることはできる」
 夢見は希少人材だ。と同時に、絶対的な人材でもある。
 確保した夢見の数が多ければ多いほど、国内での覇権を握れると言っても過言では無い。
 国内すべての夢見を確保したならば、それは世界を征服することと同じだと……入善は考えている。
 勿論そんなことを許す人間などいない。夢見を確保した巨大組織たちがにらみを利かせあい、不可侵な状態を維持しあい、この人間社会は表層的な均衡を保っている。
 入善はたった一人の夢見を限界まで酷使することで、その縫い目に入り込むことが叶った。
 だがふとすれば途切れてしまう目だ。
 あらゆる妥協は許されない。
「今一度問う。嘘を述べたな」
「い、いい――ああああっ!」
 入善は鞭をとり、夢見を叩いた。
 一度ではない。幾度も叩き、胸元の服が破け血がにじみ出る頃になって、ようやく手を止めた。
「述べよ。何を隠した」
 うつろな目をした夢見の顎をつかみ、上を向かせる。
「た、たく、さん……」
 途切れ途切れの言葉を、夢見は述べた。
「たくさんの、人が、殺しに、来る。私を、さらいに」
「……!」
 大きく見開かれる入善の目。
 なぜ黙っていた。そう叫んで頬を叩こうとしたその瞬間、激震がすべてを覆った。

 時を数秒遡る。入善財閥本家の門前に一台の車が停まっていた。
 黒塗りの高級車ではない。軽トラックである。
 門番をしていた黒服の男たちが近寄り、用が無いなら出て行けと威圧し始める。
 困った男が分かりましたと述べたその途端。
 荷台にかかっていたブルーシートが解かれ、中から戦闘服を着込んだ男たちが現われた。
 筒状のものを肩に担いでいる。それがRPG……いわゆるところのロケットランチャーだと気づいたときにはもう遅い。運転席にいた男はサブマシンガンを乱射しはじめ、空には数発のロケット弾が発射された。
 たった数発でも屋敷を破壊するには充分だ。門に衝突するようにダンプカーが突っ込み、荷台から大量の兵隊たちが突撃していく。
 銃を抜いて応戦する黒服たちだが、重武装した兵隊たちにかなうものではない。
 たちまち門前は血の海と化した。
 遅れて到着したジープから数人の兵隊が門にはりつき、粘土状の物体を設置。少しばかり離れてからそれを爆破させた。
 砕けて開く門。その奥からは、入善財閥に雇われた覚者たちが飛び出してくる。
 が、待っていましたとばかりに兵隊はジープに搭載したガトリング砲にとりついた。GAU-8アベンジャー。人間どころか戦車を完膚なきまでに破壊するための兵器である。
 日本ではもっぱら、覚者殺しの道具だ。
「ミンチになりな、クリーチャーども!」
 右から左へ掃射。壁は砕け、美しい庭細工は飛び散り、覚者たちはたちまち前衛的なガーデニングオブジェと化した。
 大量の兵隊が流れ込んでいく。屋内で女の悲鳴と断末魔が反響した。
「ンー、ククク。おごり高ぶる覚者たちを駆逐するのは気持ちいいですねー」
 門前には、丸眼鏡にタキシードという明らかに場違いな格好をした男がふんぞり返っていた。
 部下と思しき兵士が駆け寄ってくる。
「『夢見』の所在がわかりました」
「よろしい。夢見以外全員殺しなさい」
「わかりました。夢見は生かして……」
「ああ、待って待って」
 伝令に走ろうとする兵士を呼び止め、タキシードの男は言った。
「確保にてこずるなら手足くらいもいでもいいですよ。目も潰して構いません。夢見なんて眠って喋れれば何でもいいんで」
「…………了解しました」
 吐き捨てるように言いながら駆けだしていく兵士。
 その背中を見て、タキシードの男は陰鬱そうに笑った。
「夢見は一般人と同じって考え方ですか。ショボいですねえ……クヒヒ」

 夢見の手を引き、入善は屋敷の中を足早に歩いていた。
 長く椅子に拘束されていたせいか夢見の足は弱く、たびたび躓き、すぐに息を切らした。
 そのたびに彼女の頬を叩き、無理矢理に歩かせる。
 はじめは彼女を運ぶ人員もいたが、彼らは外から来た兵隊に殺された。
「奴らはどこの所属だ」
「イレブン、です……」
 息を切らせながら言う夢見。
 入善は苦々しく顔を歪ませた。
「憤怒者組織のトップクラスか。襲来さえ予期していれば……!」
 目指すは庭だ。
 庭に出れば隠し通路がある。そこから脱出して、屋敷は……この際破棄だ。雇った覚者たちも放っておけばいい。憤怒者たちのいい目くらましになるだろう。
 とにかく夢見さえ手元にあれば、挽回するチャンスは巡ってくる。
 これさえあれば。
 これさえあればいいのだ。
「止まれ! 夢見をこちらに引き渡せ!」
 だが、それも手詰まりだ。
 庭に出た途端、待ち構えていたかのように周囲から兵士たちがわき出してきた。
 アサルトライフルをぴったりと照準している。
 入善は夢見の首を掴み、兵士たちの前へ翳した。
「撃つな。夢見に当たるぞ」
「ぐ……!」
 効果覿面。兵士たちは引き金を引けず、近づくこともできずに硬直した。
 が、そこへ。
「あなた馬鹿ですか?」
 タキシードの男が現われ、発砲した。
 銃弾は空をえぐり、螺旋回転しながら高速で夢見へと迫る。
 目を見開く夢見。
 弾が彼女に命中す――る寸前、何かが遮った。
「ぐ……う……」
 ぽたぽたと顔に垂れる血。
 視線を上げると、入善がいた。
 その場に崩れ落ち、倒れる入善。
 夢見はその光景を見て、こう叫んだ。
「おとうさん!」

 これがテレビドラマの世界なら、銃で撃たれたにも関わらず異様に意識のはっきりした彼が、『娘』にせめてもの言葉をかけ、自らの血に濡れた手で顔を撫でるなりするところだ。
 だがそんな都合の良い現象は起こらない。
 続けざまに何発も放たれた銃弾を受け、入善は何も言わぬまま死んだ。
「ふう……いやあ、ありがとうございます。おかげで手間が省けた」
 タキシードの男が、拳銃の安全装置レバーをいじって懐にしまった。
 が、呼吸を整えて夢見へと歩み寄った。
 夢見はまだ死体をゆすりながら、おとうさんおとうさんと唱え続けている。
 その様子をしばし眺めてから、タキシードの男は夢見の顔面を革靴で蹴り飛ばした。
 悲鳴をあげ、仰向けに転がる夢見。
「あのお、勝手にわめかないで貰えます? 今ね、『夢見をちょっと銃撃したくらいで死にはしないから、さっさと撃ってしまいなさい』と……知的なところをアピールしようとしたんですよ? まあ植物人間まで行かれたら困るんで、半身不随くらいで止めてくださいよってね?」
 夢見の足を掴み、麻袋でも引きずるかのように運んでいく。
「それじゃあ、新しいお家にかえりましょーねー。ククク」
 かくして夢見は新たな持ち主へと渡り、より過酷な未来へと転がり落ちていくのか。
 だが、そこへ。
「お前が帰るのは土の中だ。クソ外道」
 知らぬ声が割り込んだ。

 世界は非情である。
 悲鳴の多くは誰にも届かず、悲劇の多くは報われない。
 ゆえに世界に悲しみがあり、不幸がある。
 だがもし。
 もし全ての悲鳴を聞きつけ、すべての悲劇を報いる者がいるとしたら。
 夢見の言葉を背に受けて、全ての悲しみと不幸に立ち向かう者たちがいるとしたら。
 彼らはきっと、やってくる。
「けど良かったぜ。お前らみたいにつけあがってる奴をボッコボコにするのが、俺は大好きなんでな」
 血を吹きうつ伏せに倒れる兵士の、その後ろから。
 美しい刀を斜に構えた少年が現われた。
 視力の弱い目で、そちらを見る夢見。
 少年は顔の左半分にヒビのような、もしくはイバラのようなタトゥーをいれた、危険な様相の覚者であったが……しかし。
「光が、あつまって」
 夢見には別の何かに見えていた。
 特殊な能力によって不思議な感知能力を発揮したのではない。彼女が夢の中で見た、正体不明の光の集まりと、彼の姿が不思議と重なったように思えたのだ。
 タキシードの男がつばを吐く。
「入善の雇われ覚者ですか? まるでピラニアの河に落ちてきた牛ですね。周りをご覧なさい。あなたは今――」
「オイ」
 片眉を上げるソーンフェイス。
「今の台詞もう一回言ってくれ。録音するからよ。でもってお前の葬式でお経代わりに流してやるよ。楽しいぜ、たぶん」
「……ガキが。殺せ!」
 タキシードの男が号令をかけるやいなや、兵隊たちは一斉に射撃を開始した。
 ソーンフェイスは身を翻し、刀を空中にひゅんひゅんと泳がせた。
 ただ泳がせただけではない。それによって無数の銃弾が弾かれ、明後日の方向へ飛んでいったのだ。
「雑魚が。楽しめねえんだよ!」
 急速にソーンフェイスと兵隊の距離が近づく。
 複雑な歩法によって間合いを詰めたのだ。
 それも、刀で人を殺す間合いにだ。
「は、速――!」
 慌てた頃にはもう遅い。ソーンフェイスは兵隊の胸を大きく切断し、返す刀で別の兵隊を切断。さらに切断、切断、切断、切断、切断。瞬く間に周囲は前衛的なガーデンオブジェだらけになった。
 乱暴な言動と不良のような顔つきとは裏腹に、まるで達人のような剣さばきである。
「なっ」
 ギラリとソーンフェイスの目が開き、タキシードの男へと向く。
 反射的に銃を向け、反射的に発砲。
 ソーンフェイスは刀を振り込み、迫り来る銃弾を上下真っ二つにして打ち払った。
「ちょっとはやるじゃねえか。当たってたら痛そうだったぜ」
 言いながらも、急速に距離を詰めるソーンフェイス。
 タンと足踏みの音がした時には既に、男の腕を肩の部分で切断していた。
 ちょうど夢見の足を掴んでいた腕である。
 彼の腕ごと開放された夢見。一方で彼女にかまう余裕を無くした男は、腕の切断面を押さえて尻餅をつき、じたばたと後じさりした。
「や、やめろ! やめてください! 夢見はやる、くれてや……やりますから!」
「アア?」
 顔を左右非対称に歪めるソーンフェイス。
 男は脂汗を流しながら、陰鬱そうに笑った。
「クク、クヒヒ……その娘さえあれば、何でも思いのままですよ? それに、体つきは貧相ですが、年頃はピッタリじゃないですか。ヒヒ」
「……興味ねえよ」
 刀を上段に振り上げるソーンフェイス。
 途端、タキシードの男は手を翳し、氷の槍を形成。ソーンフェイスの胸を貫いた。
「……五行、能力? てめ、憤怒者のくせに……一般人(非覚者)じゃあなかったのかよ……」
「ク、クヒヒ……敵を騙すにはまず味方からってね。そのままくたばれ、ガキ!」
 タキシードの男は外れた自分の腕をひっつかむと一目散に逃げ出した。
 追いかけようとしたソーンフェイスだが、身体からどっと力が抜ける。思わずその場に膝をついた。
「クソ……っ! 待ち、やがれ……」
 そして、彼の視界は暗闇に閉ざされた。

 タキシードの男は這いずるように逃げ回っていた。
「クソッ、クソッ、予定が狂った! クソッ!」
 トップが死亡したことによって、恐らく入善財閥は崩壊の一途をたどるだろう。
 財閥の力を後ろ盾にしていた数々の覚者組織や企業が立ち行かなくなり、新たな財源を求めて奔走することになる。そうなった所へいかにも都合の良いスポンサーを用意し、食いついてきた連中を片っ端から飲み込み、入善の持っていた主要組織を我が物とするというのが彼の……水橋清一の計画だった。
 そのために、身分を偽っていくつもの組織に出入りし、今回のイレブン襲撃作戦への段取りを取り付けた。
 襲撃をスムーズにするべく、出入りの女中に手を回して夢見に襲撃計画を吹き込みもした。酷い仕打ちを受けている彼女のことだ。きっと『襲撃が起こるという予知』を黙っておくだろうと踏んだのだ。
 すべて思い通りに行く。行くはずだったのに。
「どこから狂った! どこからだ……クソッ!」
 呪いの神具『真タケミカヅチ』の入手は失敗した。
 裏で兵器工場を営んでいた会社社長をテロに乗じて暗殺する計画も、失敗した。
 そして入善の保有している夢見を確保する計画もまた、失敗した。
 自分一人が勝ち残るための一連の計画は歪み、今こうしてみっともなく裏路地を這いずっている。
「こんな筈じゃない。計画は完璧だった筈だ。誰が邪魔を……誰が……」
 裏路地を出たところに、一台の車が止まる。イレブンの兵隊が乗っていた車だ。乗っている兵隊も見える。幸いにも水橋の息がかかった隊員で、上に黙って夢見を確保する計画を共に進めていた人物だ。
 水橋はそれを見て、顔を明るくした。
「クク……やった! おい、俺だ! 乗せろ!」
「水橋さん。ご無事でしたか」
「無事なもんですか。はやく病院へ運べ!」
 血まみれの彼を車に乗せ、ドアを閉める兵士たち。
 そして、彼を左右から挟むように座った。
「水橋清一」
 ごり、と腰に拳銃が押し当てられる。
「あなたが五行能力者であることと、その犯罪利用を確認しました。……『上』はあなたを隔者認定したようです」
「……」
 みるみる青ざめる水橋。
 イレブンは憤怒者の中でもきわめて過激な連中だ。
 ゆえに。
「あなたを今から、『施設』へ連行します」
「い、いやだ、い――!」
 水橋はたちまち猿ぐつわを噛まされ、頭に布袋をかぶせられた。
 車は走っていく。どことも知れぬ地へ。

 一方そのころ。
 ソーンフェイスは死んだのか? いやそうではない。
 間もなくして駆けつけた彼の仲間たちによって救出され、その場を撤収していたのだ。
 ワゴン車の中で薄目をあけるソーンフェイス。
 その顔を、夢見がじっと見つめていた。
 ソーンフェイスのタトゥー部分に、夢見の手が伸びる。
「……私を、さらうの?」
 こんな問いかけをされて、正しく意味を把握できる者はいない。
 だがソーンフェイスはまるで最初から彼女の境遇を熟知していたかのように、こう言った。
「お前が知ってる通りだよ」
「……」
「光の中に加わって、お前みたいにクソな目にあってる奴を助けてやるんだよ。でもってそいつも一緒に加わって、また別の奴をだ。わかるか?」
 頷く夢見。
「よし。それとな……」
 ソーンフェイスは苦々しい顔で。
「あんま触んな。嫌いなんだよ、触られんの」
 車は走る。
 行き先は私立五麟学園、大学考古学研究所。
 裏名称、F.i.V.E。


第捌話:夢見(ユメミ)

※世界観ノベルにはFiVEメンバーと思しきキャラクターが登場いたします。
ノベル上でのみの特別演出としてお楽しみ下さい。