巨大シャンデリアとクラシックジャズバンド。
 肌を露出させた女たちが淡い茜色の空間を交差し、紅色のソファに腰掛ける。
 大理石のテーブルには、ピラミッド状に積み上がったワイングラス。
 脚立の上からボーイがシャンパンを注ぎ落とし、グラスを次々に満たしていく。
 男と女の笑い声。
「シャンパンタワー、完成しましたァー!」
 頂上の一杯が赤ら顔の男に手渡される。頭にネクタイを巻いた男はそれを掲げ、周囲の女たちの歓声を浴びていた。
「ハイせーの!」
「「のーんでのんでのんで!」」
「「のーんでのんでのんで!」」
 手拍子にあわせて男はグラスを飲み干し、空になったグラスを掲げる。
 二段目から下のグラスを持った女たちが整った笑顔で彼を取り巻く。
 赤ら顔で馬鹿みたいに笑う男。
 まるで社会の縮図の如く、クラブ『QB』には泡沫の夢があふれていた。
 グラス一杯分しかないピラミッドの頂点。着飾ったカースト。欲望によって消費される潤い。
 そして。
「ちょ、やめてくださいっ!」
「いいじゃねえかよ。こんだけ金払ってんだからさあ」
 頂点に立った者の業。
 社会の縮図、そのものである。
 女の服の下に手を入れようとする男に、支配人らしき男が慌てて声をかけた。
「お、お客様、当店はおさわり厳禁ですから……」
「ああん!?」
 威圧的な声と表情に、支配人はたじろいだ。
 半笑いでシャンパンボトルを掴み上げる男。
「お客様は神様だろお? それも小銭払った客じゃあない。大枚はたいた上客様だろお? いいの?」
「いや、その、それはですね……」
 困り顔の支配人の頭に、シャンパンが浴びせられた。
「わっぷ!」
「あはははは! いい格好だなあ!」
 腹を抱えて男は笑い、続きをするために女を抱き寄せた。
「ほおれ、ゴッドハンドだぞお」
「やめて! 支配に……もういいっ、綾馬さん!」
 支配人とは全く別の方を向いて、女は叫ぶ。
 呼びかけた先にあるのは貧相な一人がけソファと、そこに腰掛けたレッドジャケットの男のみである。彼は安い煙草をふかしていたが、呼びかけをうけてその手を止めた。
「綾馬さん、この人なんとかして!」
「あ? なんだそいつは」
 げらげらと笑っていた男が顔をしかめ、その手を止めた。
 綾馬と呼ばれた男はまだ煙草を咥えたまま、そちらを見もしない。
 男は女をどけ、先程のシャンパンボトルを持って綾馬のそばまで近づいていった。
 近くで見れば随分と迫力のある男である。
 だがぴくりとも動かない。それを相手がビビっているのだと判断した男は……。
「お前も神様に楯突くってか? お恵みをやるから黙ってな、ほら」
 シャンパンボトルを彼の頭上へもっていき、傾ける。びしゃびしゃと中身があびせられ、綾馬のジャケットはみるみる濡れていった。
 げらげらと笑う男。
 あわあわと後じさりする支配人。
 かろうじて守られていた煙草の火だけがちりちりと葉を焼き、灰を溜めていく。
 唯一動かない綾馬は、煙草を手にとって呟いた。
「俺は、この町が好きだ」
「ん、なんだって?」
「どいつもこいつも馬鹿ばっかりで、欲と嘘にまみれてフラフラ生きていやがる。そのくせ、こいつらは俺が持ってないものを持ってる」
「だから何なんだよおま――っ!」
 男が更に威圧しようとした途端、綾馬は立ち上がった。煙草をくわえ直す。
 反射的に後じさりする男。
 だが今の彼は神様だ。そう思い込んでいる。
 空になった瓶をテーブルに叩き付け、ナイフのように尖ったガラス片を綾馬に向ける。
「俺様が話しかけてるんだぞ! こっちを向け、こ、このやろ……!」
 男が割れた瓶で殴りかからんとしたその瞬間、綾馬は急速に振り向き、咥えていた煙草を吹き矢の如く発射した。
 灰のたっぷりたまった煙草が顔面ではじけ、男は思わずのけぞる。
 その隙に綾馬はすぐそばのソファを掴み上げ、男の顔面へと叩き込んだ。
「ギャッ――!」
 潰れた蛙のような声をあげて地面を転がる男。手から離れた瓶が回転しながら地面を滑っていく。
 綾馬は更に近くのテーブルを掴み上げ、高く掲げて見せた。
「どうした神様、来いよ」
「ひ、ひい!」
 四つん這いで走りながら店を飛び出していく男。
 それを見送ってから、綾馬はテーブルを元の位置に戻した。
 懐に手を入れ、革財布を取り出す。中から札束を取り出すと、それを支配人に手渡した。
「ソファを壊しちまった。悪いな」
「い、いえ! いつもありがとうございます! 助かりました、綾馬さん!」
 綾馬は小さく頷き、店を出る。
 店を出るとそこは、眠らぬ町だった。

 夜が妖の時間と言われているのは人が眠る時間だからだ。
 守る力が弱まり、妖たちが里へとあふれてくる。
 だが眠らぬ町の夜なれば、妖たちとて近づけぬ。
 代わりにあふれてくるのは、ネオンと雑踏と溝川の臭い。
 露出の多い女が道行くサラリーマンたちを手招き、パチンコ屋の自動ドアが開くたびにけたたましい音が漏れていく。
 そんな中を綾馬はゆっくりと歩いていた。
 この町にいる人間は誰も彼もが浮かれている。酔っ払って電柱に嘔吐する奴。ゴミ捨て場に寝転ぶ奴。それをカメラで撮って馬鹿笑いするカップル。それを咎める筈のお巡りさんがパチンコ屋から満杯の紙袋を抱えて出てくる始末だ。
 だがそんな光景を見て、綾馬は僅かに笑っていた。
 人間がただ生きていくだけなら、こんなことをする必要はないのだ。
 どこか安全な場所で暖かく過ごしていればいい。
 だがここに集まる連中は、もっと大きなものを見ている。輝かしい光を見ている。
 少しでもそんな光に近づくために、毎夜毎夜輝こうとしているのだ。
 それが綾馬にないもの。名をつけて呼ぶなら……。
「綾馬、おい綾馬!」
 ロングヘアの男が駆け寄ってくる。
「なんだ、宗次か」
「なんだじゃねえよ。お前……びっしょびしょじゃねえか。しかも酒臭え! 何やってきたんだ?」
 綾馬の姿を見て目を丸くする宗次。
「見回りだ」
「あー……あー、どういう見回りかたしたらそんなになっちまうんだかね」
 宗次は顔をしかめたが、はたと我に返って手を叩いた。
「ってそれどころじゃねえや! 綾馬、浜猿組の連中が港で暴れてんだ! 伸吾たちが押さえてる。お前も行くぞ! 早く来い!」
 言うだけ言って突っ走っていく宗次。
 綾馬は頷き、彼を追って走る。
 二人の向かった先は港だった。
 漁船とコンテナが並ぶエリアで、普段ここから出て行った船が海産物をとって戻ってくる。土地の重量な食料源であり財源だ。
 対して、浜猿組は古い極道組織だ。日本に覚者があふれ始めたAショック以降五行能力者の吸収を積極的に進め、武力による地域制圧を続けてきたれっきとした隔者組織だ。
 元々は周囲の組織を力尽くで潰して回るケダモノのような組織だったが、ある財閥の二次団体に収まったことで慎重な動きをとるようになった筈だが……。
「っひゃあ、メチャクチャやりやがる」
 港はそこら中が破壊され、箱詰めした魚がまき散らされたせいで辺り一帯が血なまぐさくなっている。
 そんな恐ろしい現場の真ん中で、大柄な男が台車つきの機関銃を乱射している。
 しかも血まみれだ。
「伸吾、お前大丈夫か!」
「心配ねえ、魚の血だ。俺のじゃねえ。とはいえ今の戦力じゃじり貧だぜ、仲間がヤられるのだけは避けねえと」
 伸吾が顎で示すと、同じように血まみれになった仲間たちが浜猿組の構成員と戦っていた。
 浜猿組は獣憑で構成された武闘派の隔者組織だ。みな苦戦している。
「わかってる! そんじゃあ行くぜ!」
 伸吾の横を駆け抜け、短刀を引き抜く宗次。猛スピードで浜猿組へ突っ込み次々に切りつけていく。
「伸吾、俺の装備は」
「そこのケースだ。とっとと加われ! サボるんじゃねえぞ!」
「ああ……」
 地面には大型アタッシュケースが置かれている。綾馬がケースにとりつき、自分の鍵を差し込む。
 すると、すぐそばのコンテナ脇から漁師のおっさんが顔を出した。
「おー、来てくれたか綾馬ちゃん! あいつら、漁に出ようとしたところに襲いかかって来やがったんだよー! ジブンらの傘下に入れって脅してよー! ひでえ奴らだよ、やっつけてくれよー!」
「分かってる。下がっててくれ、おっさん」
 綾馬はケースを開き、中に収納された装備を引っ張り出した。
 酒に濡れたジャケットを一瞬で脱ぎ捨て、代わりに真っ白なスーツを着込む。
 更に両腕に肘までを覆うようなアームグローブをはめ込み、胸の前で拳を打ち合わせた。
「ここの魚はおっさんが汗水垂らしてとってきたモンだ。それを不作法にまき散らしやがって……おっさんに代わってぶん殴ってやる、外道どもォ!」
 突撃する綾馬。対して、浜猿組の一人が仲間のカバーを抜けて綾馬へと襲いかかる。
 神具の刀を抜き、直接斬りかかってきたのだ。
 が、スーツが一部破れただけで肉体に傷はついていない。
 Aショック以降の兵器技術の進化は凄まじく、日本刀で何度も切りつけても破れない強力な防刃繊維や特殊な防弾性を持つ繊維などが開発された。五行能力を持たない人間でも金さえあれば覚者並のスペックを出せるようになっている。とはいえ、五行術式や五行技能といった特別な力までは獲得できない。神具や守護使役を持つ者のようにどこからともなく武器を取り出すことも不可能だ。総評として覚者の能力を下回るが、しかし。
 たかが人力。
 されど人力。
「俺の町に――」
 綾馬のパンチが繰り出される。と同時にグローブの肘部分からジェット噴射が起こり、相手の腹に直撃した。
 凄まじい勢いで吹き飛び、海へ落ちる浜猿組の構成員。
 直後に腕から空になった缶が排出され、綾馬は新たな缶を取り出して装填した。
「土足で入ってくるんじゃねえ!」

「綾馬ちゃん、助けてくれてありがとね! ほんっとありがとね! これ、つまんないもんだけど!」
 漁師のおっさんが笑顔で栄養ドリンクを差し出してくる。綾馬はそれを受け取らずに、小さく首を振った。
「助けたのは俺じゃねえ、初富興和会だ」
 装備を片付ける仲間たちを見やる。
 戦闘は終了し。撤収作業に入っている。重傷を負った仲間たちが自前の車で運ばれていく。
 覚者や隔者という五行能力者と非覚者の戦力差は大きい。
 神具を使用しても精神衰弱がおこらないほどの精神エネルギーを持ち、素肌で包丁の刃をはねのける強靱な肉体を持つ。綾馬たちからすればバケモノとかわらない。
 なので、彼らを相手にするときはより多くの人員をぶつけるしかないのだ。
 タイマンで勝てるような相手ではない。
 常にチームで行動し、怪我をした仲間は一度病院に入れて休ませていた別の仲間に交代させる。そうやってチームの戦力を維持していく必要があるのだ。
 だがそこは人間。鍛えに鍛え、強力な装備を適切に使いこなせば、覚者並の戦闘力を発揮することもできる。そんな憤怒者の一人が、綾馬である。
「綾馬ちゃんあっての興和会なんじゃないの?」
「いや、俺はそんなんじゃねえ……」
「謙遜しちゃって! じゃあ、またね! 今度お魚送るからね!」
 栄養ドリンクを綾馬の胸に押しつけ、漁師のおっさんは手を振りながら帰って行った。
 この場の片付けはまた明日ということだろう。
 ドリンク瓶を手に持て余していると、宗次が彼の背を叩いた。
「おう綾馬、俺らは持ち場に戻るが、お前はどうする。怪我も負ったし、非番と交代するか?」
 言われて見れば、腹や腕に怪我を負っている。戦闘中の興奮で忘れていたが、指摘されて初めて痛みが走った。顔をしかめる綾馬。
「いや、このくらいなら大丈夫だ。少しだけ休んでから戻る」
「あー……わかった。無理はすんなよ」
 そう言って立ち去ろうとして……はたと止まった。
「そうだ、この話聞いたか? 入善財閥のボスが死んだらしいって」
「入善が?」
 入善財閥といえばこの近辺でも強い影響力を持っていた組織だ。
 浜猿組が二次団体として収まっていた組織でもある。
 そのボスが死んだということは、内部で権力争いが勃発するのだろうが……。
「浜猿組の奴ら、焦ってんじゃねえか? 最近シマの広げ方が昔みたいに強引だぜ。お前もカチあったら無理せずに退けよな。仲間と一緒にやるんだ」
「……わかった」
 綾馬は自分の装備が入ったアタッシュケースを持ち上げ、頷いた。
 持っていた栄養ドリンクを宗次へと投げ渡す。
「おっと、なんだこれ?」
「お前のだ」
「……ん? なんで?」
 きょとんとする宗次をおいて、綾馬は町へと戻っていった。

 綾馬はこの町が好きだった。
 五行能力者の抗争によって家や家族を失った彼は間もなく孤児となり、養護施設へと入った。
 初富興和会という極道組織が出資している施設である。
 宗次や伸吾も同じような境遇で施設へ入り、綾馬たちは新しい家族の形を手に入れた。
 血ではなく、境遇でつながった義兄弟だ。かくして彼らは興和会のヤクザとなり、名実ともに義兄弟の絆を結んだのだった。
 もちろん施設を出た全員が興和会に入ったわけではない。
「あっ、いらっしゃいお兄ちゃん!」
 銀のトレーを胸に抱えた少女が、ファミリーレストランの入り口で彼を出迎えた。
「お兄ちゃんはやめろ、佐恵」
「えへへー」
 緩んだ顔で笑う少女、もとい佐恵。
「なんだよ」
「お帰りなさいって言いそうになっちゃった、さっき」
「それはもっとやめろ。アイスコーヒーくれ。あと、包帯と薬」
「はいはい。今日も戦ってきたのねえ」
 刀や銃、そして五行能力で受けたであろう傷を晒して入店したというのに、佐恵を含め店内は落ち着いたものだった。つまり、いつものことなのだ。
 流れるよにアイスコーヒーと薬箱を持ってくる佐恵。その場で綾馬の上着を脱がせて治療を始めた。
「あれ? 今日は派手にやられちゃった?」
「まあな。初富のおやっさんに報告しねえと」
「そんなに大事なんだ……」
 綾馬の傷口と顔を交互に見る、佐恵。
「私にできること、あるかな」
「やめろ」
 綾馬の口調はきわめて強いものだった。一種の拒絶ですらある。
 おびえたように黙ってしまった佐恵の頭に手を置いて、綾馬は穏やかに笑った。
「お前たちは頭がいいんだ。兵平は大学に行ったし、柊元姉さんは教師だ。六輔なんて会社を作っちまった。皆すげえよ。マジですげえ。すげえもんを持ってる」
 うつむく綾馬の目に、えもいえぬ光が灯る。
「俺にはそれが無え。だから、お前たちを守りてえんだ。お前たは後ろなんか気にしてねえで、突き進んでくれよ」
「お兄ちゃん……」
 治療を済ませ、佐恵は包帯を巻き終えた背中に触れる。
 熱い温度が伝わった。
 その途端、連続した銃声と共に店の窓ガラスが粉砕された。
 反射的に身をすくめる佐恵たち。
「ンだこの店、シケてんなあ!」
 窓が割れてひどく風通しが良くなった壁を通り抜け、ブランドスーツの男が店へ入ってきた。
 肩に刀を担いでいる。シンプルな作りだが、鞘には『猩々』と彫り込まれている。
「てめぇは……」
「ンだよ知らねえのか? 浜猿組、組長。浜猿伸吾ってもんだ」
 柄と鞘をそれぞれ握り、顔の前に翳す。
 綾馬はアタッシュケースにそっと手を伸ばした。
「その組長がファミレスに何のようだ」
「ンな店に用はねえよ! てめえに用があるんだよ綾馬!」
 浜猿は鞘側から小太刀を抜いて投擲。小太刀はアタッシュケースと綾馬の間に突き刺さり、ぴたりと手が止まった隙に浜猿は駆けだした。
 柄側を抜刀。こちらも小太刀だ。横一文字に放たれた斬撃をかわし、綾馬は床を転がった。一緒に座っていた佐恵を抱きかかえてである。
 素早く起き上がり、佐恵を背後に庇いながら身構える。
 素手で身構えたところで隔者と非覚者では戦力に差がありすぎる。このままでは危ない。
「ンな身構えんなよ綾馬。お前初富興和会のエースなんだろ? 身体大事にしようぜ。お前が死んだら連中、心の支えが無くなっちまうだろ? アァ?」
 などと言いながら、浜猿はテーブルの小太刀を抜き、二刀流でずかずかと迫ってくる。
「死んどけオラァ!」
「うおお……!」
 近くのテーブルを持ち上げ、ぶん投げる綾馬。
 そのテーブルを切り裂き、突っ込んでくる浜猿。
 素早くカウンターチェアを掴み上げ、パイプ部分で受け止める。
「ンだよ、やるじゃねえか。殺すのにちっと手間がかかりそうだぜ」
 にやりと笑う浜猿。
「……じゃ、簡単にしてみっか?」
 顎で脇を示す。
 つられてそちらを見ると、佐恵が浜猿組の構成員につかまっていた。後ろ手を掴み上げられ、後頭部に銃を突きつけられている。
「佐恵!」
 歯を食いしばる綾馬。今は浜猿の小太刀一本を押さえるので精一杯だ。佐恵を助ける余裕はない。
「十かぞえる。どっちが死ぬか選びな。じゅう、きゅう……」
 空いた小太刀を翳し拳大の炎で包む。
「めんどくえ、ゼロだ!」
 唐突に放たれる炎の小太刀。
 狙いは正確に、佐恵の額。
 そして刀は彼女の命を……。

 世界は非情である。
 悲鳴の多くは誰にも届かず、悲劇の多くは報われない。
 ゆえに世界に悲しみがあり、不幸がある。
 だがもし。
 もし全ての悲鳴を聞きつけ、すべての悲劇を報いる者がいるとしたら。
 夢見の言葉を背に受けて、全ての悲しみと不幸に立ち向かう者たちがいるとしたら。
 彼らはきっと、やってくる。
「浜猿伸吾。七星剣だな? 貴様を屠る、例外はない」
 全てを知った顔をして、前触れもなく突然現われるのだ。
 放たれた小太刀は途中で軌道を変え、壁へと突き刺さっていた。
 どこからともなく現われた赤目の青年が刀をふるい、ギリギリで打ち払ったのだ。
 見るからに動揺する浜猿。
「ンな、てめっ、どこでそれを聞いた!?」
「七星剣……浜猿組が?」
 綾馬の脳裏に疑問がよぎった。
 浜猿組は入善財閥の二次団体だ。様々な組織に対して牽制をかけていた入善財閥が七星剣とつながりがあったとは考えにくい。
 現在浜猿組が七星剣の傘下にあるということは、財閥を裏切ったということになるが……この少年、一体どこでそんな情報を。
「俺のことなどどうでもいい。貴様を屠る!」
 佐恵を拘束していた構成員を軽々と切り捨て、浜猿へと襲いかかる少年。
 綾馬はその隙をついて離脱し、佐恵に店の裏へ逃げ込むように合図した。
 ふと見れば、店の外では浜猿組の構成員と見知らぬ覚者たちが戦っている。
「こいつら……どこの連中だ?」
「どこでもいい。貴様は邪魔だ、ここから消えろ」
 冷たく言い放ちながら、少年はなおも斬りかかる。
 浜猿はそれを小太刀で必死に打ち払いながら店内を移動していく。
 壁際まで追い詰めた所で、少年は前髪に隠れた片方の目を覗かせた。傷の残った痛々しい顔である。
「傷がうずいているぞ。星を狩れと。貴様を屠れと!」
 刀に炎を宿し、突きの姿勢から相手の胸をひとつきに――と思ったその時、少年の背後に浜猿組の構成員が飛び出した。テーブルの下に身を潜めていたのだ。
 手にした拳銃を振りかざし、少年の後頭部に殴りかかる。
 が、寸前で薙ぎ倒される。それもファミレスに設置されていた観葉植物でぶっ叩かれてだ。
 構成員の男どころか少年と浜猿もろとも薙ぎ払われ、少年はテーブルへと倒れた。見れば、綾馬が観葉植物を投げ捨てて立っている。
「消えろと言ったろう、貴様なにを――」
「この店はな」
 傷が開いたのだろうか。血の滲む包帯をおさえ、綾馬は息を荒くする。
「佐恵が必死に町中を駆け回って、やっと見つけた職場だ。料理を勉強して、いつかレストランを開きてえと……そうやって、施設の子たちが働く場所を作りてえとそう言ってな」
「貴様……」
 素手のまま、再び浜猿へと拳を握り込む。
「佐恵だけじゃねえ。『夢』があるんだよ、この町の連中には! なりてえ自分がいるんだ。俺にはねえ、立派な未来があるんだよ。そんな未来すら守ってやれねえんじゃ、それじゃあ……それじゃあ義理が通らねえ!」
 フン、と少年は鼻を鳴らし、手元にあったアタッシュケースを放り投げた。
 反射的にキャッチする綾馬。
「時間を稼いでやる! 十秒だけだがな!」
 少年は刀の鞘に炎を灯し、浜猿へと投擲した。
 小太刀で払う浜猿。すぐさま斬りかかる少年。
 お互いギリギリの間合いを奪い合い、幾度となく刀と刀がぶつかり合う。火が散り、広がり、花と咲く。
「ンだ、テメェ! 急に割り込みやがって、意味わかんねえ! ……って、そうか、てめぇが『F.i.V.E』!」
 そこへ、アームグローブを装着した綾馬が飛び込んだ。
 ジェット噴射による綾馬の拳。そして烈火を纏った少年の刀が同時に浜猿に直撃。
「がはっ!」
 浜猿は背後の壁を粉砕し、店の外へと転がり出た。
「終わりのようだな」
 刀を翳しつかつかと歩み寄る少年。
 その肩を、綾馬ががしりと掴んだ。
「よせ、そいつはもう戦えない」
「好都合だ。七星剣に与した隔者は、全て屠る」
「よせ……そいつは、もう、戦えない」
 言い含めるような彼の調子に、少年は不承不承ながら刀を納めた。

 浜猿と組の構成員たちは文字通りしっぽを巻いて逃げ、彼らと戦っていた謎の覚者たちも撤収し、荒らされたファミリーレストランだけが残った。
 ややあってから宗次たちが駆けつけ、場はようやく収まりを見せたが……。
「七星剣……それに、所属のわからねえ覚者組織か……」
 拳を再び握り直す。
 少年の見せた目を、憎しみと悲しみの目を思い出す。
 いや、いい。
 何が来ても、この町を守るだけだ。
 町には今日も、眠らぬ夜がやってくる。人々の夢をのせて。



第玖話:善なる憤怒者

※世界観ノベルにはFiVEメンバーと思しきキャラクターが登場いたします。
ノベル上でのみの特別演出としてお楽しみ下さい。