ある夢見の記録File2-Page2


●『夢見准教授』菊本 正美(nCL2000172)の独白
 新学期が、始まった。私は、夢見としてこの五麟学園内での生活を強いられている身だ。
 とはいえ今の所教授職については差支えは感じていない。むしろ『論文出さないと予算下りない』なんて話がないのは楽なのだが……多分学会に参加するとかになったら詰む。その時はその時で考えよう。
「えーということで。質問ある?」
 講義ノートを参照しつつ書き出した式を眺めながら、教室の後ろまで聞こえる声を上げて言う。すぐに手が上がった。
「はいそこの君」
「5行目の式の第3項の符号が違います」

「……え」

 数秒間の沈黙。講義ノートと黒板を見比べて、「あ」と一言。
 ちらりと学生達を一瞥してからさりげなくチョークを取って、マイナスをプラスに書き替えようとして――。

 ――がこっ。

 ……チョークが折れた。
「あ」
 失笑がちらほら聞こえて、今度は黒板消しを取って式を消そうとして、手が滑る。今度は黒板消しを派手に落っことしてチョーク塗れになる始末。笑いが起きた。
 ……いつものことだ。計算ミスも、こういうミスもね。

 講義を終えて、溜息一つ。一応、何とか問題なく終わった。
 実は4月1日に中さんに高笑いしつつ『私実はイレブンの内通者なんですよ』と大ボラを言った。本当に大ボラだ。……まさか真面目に受け取られるなんて思ってなかった。
 そのせいで監禁されかけて身辺調査を食らい、ちょっと講義の資料作る時間取られて死んだのだが……まあ講義自体はおおむね好評でよかった。

 とはいえ、本当はこれで『上手く行っている』訳ではない。
 大学の勉強――特に数学は、本当に学生達の自主性にかかっている。
 本当は高校までの数学も暗記で済むものじゃない。公理、定義、定理、概念……何から何までそれがある理由や思想がある。それを五千年近くの歴史の中、発見、発明した先人達の思想と共に理解していくものだ。本当に自分のものにするには20歳前後の学生がそれを全て追体験する必要がある。大変な話だ。(だから本当は勉強に専念して欲しいっていう教員側の『ワガママ』は少なからずあったりもする)

 私が講義で教えているのはあくまで概要やサンプル。90分の講義十数回で伝えられる物なんて本当にごく僅か。本当は沢山伝えたいことがあるが、それは教科書を読んだり数式をいじったりして自分で学んでもらわないといけない。

 結局、夢見の仕事もそんな感じじゃないだろうか。数件の依頼を介してそう考えるようになった。
 被害者や事件関係者の感情、事件の状況、その他背景……。
 悪夢を見ている私にしてみれば無数に伝えたいことがあって、無数に分かってもらいたいことがあるけれど、覚者達に自ずと理解してもらわなきゃいけない。結局歯痒さは付き纏う。この感じは、学生達に数学を教えているときと同じだ。

 依頼を通して喜べることもある。辛いこともある。私自身反省しなければいけないことも、山のように……。
 でも、いずれにせよ私に出来るのは彼等の背を押す程度のこと――。

 他の夢見は本当によく『できた』人達だなって私は思っている。皆を疑ってる訳じゃない。信じてるから、伝えるだけ伝えたいだけで。……でも、それは多分私の未熟さのせい。

 まあ、大体関わってる事件の内容もあるだろうけど。
 憤怒者組織XI。ラプラスの魔。イグノラムス。対立する利害。覚者と隔者、そして非覚者との差。差別、被差別。怒ること、糾弾することの意味。正義とか、悪って何なんだろうとか。多数派、少数派の違い。意識の差。FiVEが目指しているであろう『相互理解』の真の意味……。

 正直言って、難しいことだらけだ。まあ、父や祖父が生涯をかけて学ぼうとしたことの一部でもあるから難しくて当然か。

 人生は、馬鹿馬鹿しい程に皮肉と偶然に満ちている。
『お前の正義感は確かに評価する。だがその感性の豊かさは法学者や哲学者には向かない』
 父にそう言われて理学の道を志したのに、ここでその一端を――いや、そのものの問題を直視せざるを得なくなるとは。
 ……皮肉な話、としか言いようがない。


 そんなことを思っていた矢先の出来事だ。中さんを介して、私に『それ』の話が回って来たのは。
「覚者の話を?」

 電話の内容に私は驚いた。
 今から2ヶ月程前だったか。FiVEにやって来たばかりということもあって、ここの組織に所属する覚者に話を聞いてみたいと話を持ち掛けたのだ。幸いにも色々な覚者に話が聞けたし、ちょっと信頼を築けた感覚はあった。私自身も色々と成長の糧を貰ったと思う。

 ――というか、まだ2ヶ月なのか。ここまで時間を長く感じるのは、生まれて初めてかもしれない。私の中の時間というのは大体、光のようにあっという間に過ぎ去ってしまうものなのだ。

 そんな回想に浸る間もなく返事を求められ、私は溜息を一つ吐いた。
「ええ、私でよければ」
 徹夜しそうになったら今度は自室へ連行しますからねと釘を刺され、私は思いっきり顔をひしゃげた。


 ……よし。この仕事が終わったら簡易飛行取って学園上空飛んでやる。絶対にだ。


 そういう経緯があって、私はまた記録を取ることにした。
 私に出来るのは真正面から覚者の話を聞いて、私なりに適切な言葉を……一側面的には正しい言葉を返すだけ。
 思うことは沢山あるけれど、それはきっと彼等も同じ。私でよければ話し相手になる。一緒に問題は考える。味方になれるだけなる。それでお互い信頼できるなら、それはきっと幸せな事だと思うからさ。

 ある日は学園内の敷地で彼等に会うだろうし、またある日は噂を聞きつけて彼等の方から私の研究室を訪れるだろう。

 さて、今日はどんな覚者に会うのだろうか。


■シナリオ詳細
種別:通常(EX)
難易度:簡単
担当ST:品部 啓
■成功条件
1.菊本准教授と話をする
2.なし
3.なし
【注意】『ある夢見の記録File2』と名前の付いた依頼は重複して参加することは出来ません。
重複して参加した場合は全ての依頼の参加権利を剥奪し、LP返却は行われないのでご了承ください。

~前回までのあらすじ(ストーリーの内容ではない)~
S部「ネームド敵役やって分かったこととして、これは、なんというか……ダークサイドに堕ちる」

まーさみちゃん! あーそーぼ!!
常に光属性を目指すSTの品部です。ここでダークサイドに堕ちちゃいられねぇ。
前回おおむね好評だった(かもしれない)「ある夢見の記録」がExになりました。

・基本的な品部のシナリオと一緒で超ハートウォーミング、超前向きなシナリオです。心配になるぐらい前向き過ぎます
・本来は『PC様語りを品部に書かせて』って話(だった筈)
・別に語らなくてもいい。成功条件にあるようにNPCと話をするだけでもいい
・ついでに夢見NPCと顔見知りになろうってことでもあり
・基本アドリブ全開です
・前回参加者様は2か月間で何かあったかを正美ちゃんに報告してもいいから遠慮なくどうぞ
・プレイングはステシの設定含め読み込んで、品部と正美が一生懸命誠実かつジェントルに優しくコメントします
・お願いだからPCさん可愛がらせて(※本音)
・色々予知してる身だからラプラスの魔関連について色々聞いてみるのもアリでしょう(ただし彼の主観は多分に含まれる)
・利用方法は色々あるかもしれませんが、何であれ一生懸命PC様に向き合います。言った以上はやる。STに二言はない
・そんなこんなで納品まで時間いっぱい頂く可能性が高いです

そんなシナリオです。
どんな感じでリプレイになるか、どんな反応示すかは拙作「菊本准教授の最期」「ある夢見の記録File1-Page1」「ある夢見の記録File1-Page2」等をご覧下されば分かるかと思います(雑な説明だとは思いますが百聞は一見に如かずなので……!)

§概要
学園内で正美の質問に答えて下さいって話です。
中指令から話聞いて研究室にお邪魔してもいいですし。
基本的に正美は自分の研究室にいますが大学のキャンパス内とかこもれびとかでも会話に応じます(プレイングで指定してください。無ければ無いでこちらで決めますが)
尚、質問の回答をする必要もないです。どちらも『ない』のならないでいいです。その場合は近況報告したりとか、何かやりたいこととか、色々彼に語ってあげたり、質問してあげてください。あくまで成功条件は『菊本准教授と話をする』なので。

・正美からの質問
1『貴方は何故FiVEに入ったのですか。FiVEに入った理由が無いのであれば、貴方は何故今FiVEにいるのかをお聞かせください』
2『私(菊本正美)が関わった依頼を通して何か感じたこと、思ったこと、考えたことはありますか』

1、2いずれか(あるいは両者)お答えください。ですが、イベシナ等々と同じでどちらか一方にした方が描写は濃くなると思います。

質問の回答については正美が品部と一緒に誠実にかみ砕いてできるだけ誠実にコメント及びリアクションさせて頂きます。
質問に答えたら逆に彼に質問したりとか、将棋やったり研究室にあるニュートンのゆりかご眺めててもいいですよ。
准教授に「何でそんなにロン毛なの」とか聞いてもいいです。セクハラとか嫌がらせじゃない限りはマスタリングせずに答えます。
NPC(空野旦太と大柴智子)は呼ばれれば研究室あたりにひょっこり顔出します。遊んだげてもいいのよ。(※大変申し訳ありませんが小川忠彦は来ないです)

最低600字は埋めて下さい。
字数が余ったらどこで話したいかとか、好きな飲み物とか色々書いてください。(お茶とかコーヒーとかお茶菓子ぐらいなら出します。貧乏学者だから安い奴になっちゃうけど)
あとNG項目とかあったらお願いします。怒鳴らないよとか、大笑いしないよとか、大泣きしないよとか
「NG:」とか「×」とか入れてその後に項目も受けてもらうとアドリブの再現度が高くなります。(「NG:女らしく振舞う」みたいな感じで)
品部も字数の許す限り拾いにかかります。おバカな中身が露出しない程度にはがんばります。

一応断っておきますが、NPCも人間なのでPCさんが彼を怒らせたり挑発的なことをすればそれ相応の態度を取ります。

逆にちょっと叱られたいとか、批判されたいとか、矛盾指摘されたいとかそういうのをご希望の方はExプレイングかプレイングの隅っこに【殴】と書いておいてください。(※キツイ批判書くと品部が良心の呵責に苦しむので重要です)(前回意外と需要あって戦慄した)
ですが正美は基本的に心優しい自由主義者なので、あんまりキッツいツッコミは期待しないで下さい。いやマジで。
前回ちょっと怒鳴ってたけどあれでも実の所きつかった。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
(5モルげっと♪)
相談日数
5日
参加費
150LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2017年05月02日

■メイン参加者 8人■


●Case01『豪炎の龍』華神 悠乃(CL2000231)
 華神悠乃。大学生。『彼女』の妹……か。
 とはいえそれを一切感じさせない明るさでやって来た彼女の関心は、自分が『個別に踏み込んだ話をする夢見であること』にあったようだ。
「こういうことされる方いなかったんで禁止規約でもあるのかと思ってました」
「存在自体が異例だから放置されてるんじゃないかな?」
 率直な感想がポツリ。とはいえ個別に話をするのには彼なりの理由があるのだが。
 彼女がFiVEに入ったのは、サークル感覚だったらしい。
「敢えて言うなら、楽しく生きるためと言うか」
「旦那さんの誘いで入った人いて『サークル?』って思ったけど……」
 まさか、本当にサークル感覚の人がいるとは。
「大学受験の頃に発現しまして。入学と同時期にFiVEが発足して、そこでスカウトを受けて」
 拠点の近さや『ビジネス』の都合上、悪くないと判断したのもあったそうだ。活動が広告になればいいと。だが、主な動機は『楽しさ』のようだ。
「楽しそう、ね」
「私は、誰かと気持ちを向け合い、様々なやり取りをするのが楽しみで。お互い楽しめる状態になることを『わかりあう』と呼んでいます」
「わかりあう……」
 独特な『言語』だと、思った。
「自慢にしか聞こえないと思うのですが。私、万能型優等生とでもいうのでしょうか。大概のことは高水準でこなせます」
 その長身や裕福な家庭環境がある種『災い』したようで……彼女と分かり合う人物というのは減っていったらしい。

 そこまで聞いて正美は高校時代の自分を思い浮かべてみた。その場にいたらどう対応するかを考えてみたのだが……参考にならない。

「加えて発現ですよ? 相手もそっち側で探すしかなくなった感じです。正直、期待したほどはいなかったですけど」
「そういうもの?」
「ええ。組織となると仕方ないのですかね……」
「うーん……」
「似た顔で同じ事言うひとの多さときたら」
 で、彼女はヒノマルの親分――暴力坂のことか。彼に挑むとき言ったそうだ。
「顔も名前も見えなくて似たようなのばっかでつまんない、って」
「……何という」
 この長身が、あの総帥に啖呵を切る光景を思い浮かべたら戦慄しかない。

「どれだけご思想や理想が立派か知りませんけど、心があさって向いてるんですよ。命のやりとりまでするのに、相手を見ない。そんな組織に興味は湧きません」
「……断言したね」

 正美は押されっぱなしだった。これは、時々自分に声を掛けてくる女子学生に近い物を感じる。内心逃げたくなるぐらいだ。
「なので最近一番の楽しみは、FiVE内の女の子数名のトレーナー業ですね。発見や向上のたびに喜びを見せてくれると、もう抱きしめたくなります!」
「ああ、やっぱり……?」
「先生も運動どうですか?」
「ある種の才能って領域で駄目だからなあ」
「そう言わずに気軽に」
「か、考えておこうかな……」

 そこまで言って遠くを見て、正美はぽつりと一言。
「……難しい」

 思うに彼女は『普通の女の子』だ。一定の集団でしか通じない言語を持っていて、いつもニコニコしていて、会話を好み、勢いがあって……。多分恋人いるだろうし。

 これは性差か……直感が何かを阻んでいるのか。多分後者だ。心の中の『高校生の菊本君』が逃げかけている。
 彼女の在り方はポジティブでいいと思うし、楽しめる環境があるのは幸いだと心から思うが。
「私のことは知ってる?」
「理学部の菊本先生ですよね?」
 それを聞いて頷き、時計を見た。
「それだけ知ってればいいかな?」
「え?」
 そろそろ講義の時間だ。上着についたチョークの粉を払うと、それを羽織って言った。
「学者だから思うけど、分かるって本当に難しいから……うん。頑張って」
 自分に返って来る言葉だと分かったのは、講義を終えた後の話。

●Case05『探偵見習い』工藤・奏空(CL2000955)
「菊本せんせー! 遊びに来ました!」
 工藤奏空。高校1年生。そうか、この間は中学生だったか。
 ただお話しするだけでいいですかと子犬の視線で言われて正美が笑顔を返すと、奏空は元気に研究室に入ってきた。
 ……こりゃ、懐かれたな。
 この間は緊張してて言わなかったが、ニュートンのゆりかごが気になっていたらしい。
「俺こういうの好きなんです!」
「そうか。いいことだ」
 カチ、カチとリズムを刻み、振れる銀の球を見つめる赤い瞳も一緒に揺れる。
「なんでこれってカチンってぶつかるとこっちがカチンって動くんだろう……」
 今余計な事を言うと物理嫌いを増産すると判断して言葉を飲み込む。代わりに肩を叩いた。一瞬ハッと驚きを見せる奏空。
「何か思ったことでも?」
「あの、えっと……」
 再びニュートンのゆりかごをじっと見て、ポツリと言った。
「前に先生にFiVEにいる理由をお話ししたけど……」
「うん」
「この振り子みたいに……俺が動くことで、覚者の力は怖いものじゃない。誰かを救うことができるって、前の学校の人たちに伝わるといいな、って……」
「……」
「世の中は繋がってるからきっと伝わりますよね!」
 声が、底抜けに明るすぎる……。
 そういえば、彼は覚者だからという理由で学校を追い出された。

 果たして、それだけで済んでいただろうか。そこに至るまで酷い迫害を受けていても不自然ではない。
 この少年の事だから笑顔で耐えていても……。

 心の中の魔物が、嗤っていた。

「先生?」
「……ん?」
「前から思ってたんですけど。先生……何か、諦めてるような、耐えているような……」
 振り子の音だけが研究室を支配する。正美は、沈黙を貫いた。
「夢見って俺達には想像の出来ない苦痛を体験してるとは思います。でも先生たち夢見がいて、背中を押してくれるから俺達動く事が出来るんですし」
「そっか」
「生意気だったらごめんなさい。でも……俺、先生を元気づけたいなって思って!」
「大丈夫」
 ――本当に、大丈夫ですか? 奏空の様子が、そう語っている。
 正美は視線を逸らした。魔物は、抑えつけた。
「まあ、諦めはあった」
 ぼそりと一言。奏空の目が大きく開いた。
「基本的に学園を出ちゃいけないから。ここに保護されなかったら、私は殺されてたしね」
「でもそれって……」
 正美は首を横に振った。
「でも、諦めは辛くない。諦めるってことは、何かを選ぶ以上付き纏うからね。捨てて得られる視点もある。こうやって覚者と話をするなんて前なら考えなかったし。それで幸せ」
「本当ですか?」
 憂いを含んだ声に、正美は頷いた。
「じゃ、こうしよう。
 夢見の仕事は託すこと。私の代わりに、これからもっと色んな事に触れてきて。そう、託す」
「……はい」
 奏空の声が少し明るさを帯びた、次の瞬間。
「……ま。ぶっちゃけ。暗い話より好きな人の話が聞きたいってのがあってさ」

「おお覚えてたんですか!」
 奏空は一瞬にしてしどろもどろになった。
「瞬間記憶あるしね」
「えっとえっと!」
「はい」
「1個年上の先輩ですごくすごく可愛らしい人で、実はお付き合いして1年経ってるんですけどっ……毎日手繋ぐだけで舞い上がっちゃって!」
 あっという間に挙動不審になる奏空に、正美は笑いをこぼす。
「思い出すだけ恥ずかしいーっ!」
 遂にはテーブルに頭を打ち付け、プルプルと悶えるのを見て、正美は腹を抱えて笑い出した。
 ――そう。誰かが幸せって、自分も幸せになれることなんだよ。

●Case07『桜舞うひと時を、君と』柳 燐花(CL2000695)
 響く、ノックの音。
「准教授、いらっしゃいますか?」
「はい」
 声に返事をすると、入って来たのは一人の少女だった。
「この春から高等部に進学しました。柳と申します。アンケートのようなものを取っていらっしゃると聞いてお邪魔しました。宜しくお願い致します」
 柳燐花。高校生。深々と下げられた頭を見て、正美が覚えたのは危機感だった。
 ……やばい。PhD取った直後の自分でもここまできっちり出来た記憶が無い。
 ぽかんとしていたが椅子に座るよう促す。しかしその所作にこちらの危機感が募るばかり。
 だが研究室が物珍しいせいか、僅かに尾を振ってきょろきょろする彼女の様子に何かを感じた。
「と、そうでした」
 彼女がFiVEに入った理由は
「端的に言えば、行くところがなかったからです」
 何度か聞いたそれだった。

 両親は物心が付く前に他界。育ててくれた祖父もその後他界。住んでいた村は『異形の者』である彼女を嫌い、親族にここに放りこまれたそうだ。
 とはいえその口調は酷く淡々としている。
「あー……。仕方ない、って感じ?」
「はい。同情してくださる方もいらっしゃいますが」
「……」
「ここでお仕事をすれば最低限の生活は保障されます。有難い事です」
 何度も聞いた理由だが、未だに慣れていない。燐花の耳が注意深げに動いているのを見て、一言。
「……大変だね」
 大変なのは認識のずれを処理できない自分の感情でもあるけれど。

 とはいえ。
 村が村だっただけに祖父に隔離されて育った燐花がここに来たばかりの頃は人と話すのが怖かったそうだ。
「ここに来てどれぐらい経つ?」
「2年経つか経たないか、でしょうか」
「私ともこうやって話せてる所見ると、慣れた?」
「はい。その頃に比べれば。……有難い事です」
「うん……。有難い、ね……」
「お友達も、仲間と呼べる人も、お慕いする方もすべてこちらでできたご縁です。お仕事では痛い思いもしますが、生活の為とその方たちの為に、身体の持つ限りは頑張っていけたら良いなと……思います」
 ちょっと考えて、黙ってお茶を勧める。尻尾が不思議そうに動くのを見て、正美は首を横に振った。
「何かお気に触ることでも」
「気にしないで。私、『不真面目』だからさ。……何ていうか。カルチャーショック」
「……不真面目」
 燐花は自然に首を傾げた。

 神経質さと無防備さ。黒い飼い猫が一匹椅子の上にしゃんと座って、それと話をしている。燐花との会話はそんな感覚だった。

 そんな時、
「子ども扱いされなくなるのって、いくつくらいからなんでしょうね……」
 不意に燐花は呟いた。
「?」
「あ、いえ」
 そういえば、何かこっちを見られていた気がする。言葉はややごまかし気味だが……耳の動きが早くなったのを見て、彼はぽつりと返した。
「……こっちに保護者がいるの?」
 燐花は頷く。尾が、神経質に動いていた。
「もうすぐ、一人暮らしですが」
「ああ、そりゃ大変だ」
 数秒経って、沈黙だけ続く。微妙な間だ。

 ああ、過保護な後見人の次は、保護対象ってことか――。
 正美は小さく笑った。
「気になる年頃に言うのはある種酷だろうけど、今は新しい生活を進めることを大事にした方がいいよ。……一人で暮らすうちに自然と、色々変わってくる」
 どちらが、とは言わない。きっとお互いに変わっていく。
 彼女の大きな変化に、驚く男の姿が見えた気がした。

●Case09『花守人』三島 柾(CL2001148)
「ちょっといいか?」
 男の声が、聞こえた。
「あ、はい」
 そちらを見ると、一人の男が。段ボール箱を抱えたその姿に、正美はきょとんとした。
「あれ」
 三島柾。自営業。以前ガイア製薬の件で顔を合わせた。
「確か貴方は……」
「中指令からの届け物を持ってきたんだ」
「ああ、ありがとうございます」
 届け物の話は聞いている。まさか彼が来るとは思わなかったが。箱を受け取ろうとして、柾は研究室の中を見た。
「重いぞ? そこまで運ぶ」

 とりあえず研究室の隅に置いてもらうことに。重かっただろうに……。
「すみません」
「たまたまこの辺に用事があったからついでだ」
 そう言って笑う声に、好印象を抱いた。
「お時間に余裕があるならお茶でもいかがですか? お菓子もあるんですが」
「じゃあ頂こうか」
 緑茶を淹れて、柾に少し休んでもらうことにした。
 まあ、黙っているのも手持無沙汰で。改めての自己紹介の後、
「そういえば三島さんは何故FiVEに?」
 そう聞いた。
「経緯?」
「ああ、差支えない範囲で」
 柾は緑茶に口を付けた後、ちょっと間を置いて一言。
「そうだな。……まあ、偶然の巡り会わせだ」
「偶然?」
 彼は穏やかに頷いた。
 彼は元々何かの組織に所属するつもりは無かったらしい。
 しかし偶然バーで知り合った人物がFiVEの覚者に助けられたらしく。その人と飲んでいた所、FiVEの覚者と飲んでいたらしい。
「ああ、ありそう……」
 でもって、酔っぱらったまま誘われ、返事したらしい。
「大した理由じゃないだろ?」
 酒の入ったノリだろうか。後日そういう事あったよな、という感じで。ここに来たそうだ。
「俺もまぁ、この力で人を傷つけるよりも誰かを守れたらなと。夢見がいるなら、そういう事件とかも事前に何とかできる事もあるし。酒飲み仲間もいたしな」
 しかし。予想外の出来事があったようだ。
「妹がFiVEに入りたいって言ってな……」
 彼には高校生の妹がいるらしい。兄のように誰かの為に行動したいと言って……。
「別段、そこまで、その……」
 行きがかり上所属した自分に対し、決意の強い妹。口ごもり方に、正美はその胸中を察した。

「ただ……」
「はい」
 数秒の、微妙な間。少しだけトーンの沈んだ声が、聞こえた気がする。

「お前はどうなんだ?」
 これは、何か亡くした感じだ。ここにいる理由と何か関係があるのだろうが、聞かなかったことにして。
「私ですか?」
 さらりと返した。
「理由があってFiVEにいるんだろ?」
「あーまあ。指令の中さんにスカウトされたんですが、大人げなく意地悪なこと言って蹴って。憤怒者に殺されそうになってここに来たって感じです」
「そういうことがあったのか」
「これにはオチがあってですね」
「何だ?」
 数秒間の間の後。ぼそりと。
「……その後中さんに将棋でコテンパンにされました」
「ははは!」
 柾は朗らかに笑った。
「ちなみに3日前もう一局やりましたが負けました」
「そりゃ災難だ」
 災難、とは言いつつも声が笑っている。
「腹いせにあの外見年齢をFiVE7不思議に入れておきました」
「ははは」
 その後も何度も研究内に柾の笑い声が聞こえた気がする。
 そうこうするうちに時間も経って。柾は研究室を出ることにした。
 その直後のこと。
「よかったら酒でもどうだ? 美味い店を紹介するよ」
 柾のその誘いに、正美は苦笑い。
「すみません。私一滴も飲めないもので」
「そうか。それは残念だ」
「代わりに講義にいらしてください。面白いと思いますよ」
「……難しい話じゃないよな?」
 とは言いつつも、声は笑ったまま。
「ああ、だったら枕用意してください」
「?」
「せめて安眠は保証しますから」

 ……大学の廊下に笑い声が響いたとか。

●Case10緒形 逝(CL2000156)
 気付いたら、学園内の知らない場所にいた。
「や、菊本ちゃん」
「のわぁ!」
 背後からの声に驚き、そちらを振り向く。
 緒形逝。骨董店店主。どうやら刃物研ぎの仕事の納品に行っていたらしい。そういえば彼からの武器を使っている覚者を報告書で数名見た。
「ここには慣れたかね?」
「絶賛迷子中です」
 率直な感想にアハハと笑われて、正美も愛想笑いを返す。
「丁度いい。お話をしよう。ラウンジでいいかね?」

 迷子を助けてくれたのは有難いが、彼から話を持ち掛けられるとは。
 逝が席についてフルフェイスを脱いだ直後。
 空気が、変わった。
「何、先日の事件とラプラスと云われる者の事だ。報告しなかった部分を聞いてもらう」
 その声に、正美はむしろ安堵を覚えた。
「詳細は、存じ上げています」
「ならば本題を。『根本的解決には至らず、無意識下に於いて相手の思惑通りに進んでいる』という事である」
 逸らしていた視線を彼の顔に向ける。顔の上半分が一切動いていない。
「生まれ付き顔の上半分は表情が作れないのでね。ご容赦を」
「いえ。こちらこそ失礼しました」
 顔を見るのが得意ではないのでこれはある種好都合だ。

 ――彼は、誰だ。
 それを読み取ったのか。ああと頷き、傍らのフルフェイスをぽんぽんと叩いた。みずたまが、一緒に揺れた。
「失礼。説明が遅れた。『コレ』が『緒形逝』。『私』の事は『A』とでも」
「貴方でしたか」

 ――『私』はこの組織を観察中である。

 謎が、姿を変えた気がした。
「この程度は既に御察し頂けているだろう。あの提出された論文の本当の役割を、警察の前に指揮官相当の憤怒者が目立つよう放置された理由も。流石に最低限の措置だけはされていたな」
「……」
「まあ……それはどうでも良い」
「同感です」
 彼は……徹底した合理性か。むしろ好きだ。

 Aもその後考えたそうだが、隊長や魔物と似た手段は使うとコメントした。そして。
「無意識下に投じられた石は群集心理に波紋を作った。何れ避け難い波となって表れるのだと観ている」
 彼にも、未来は見えているのかもしれない。
「最初に言った言葉を覚えておいでか」
「観察中でらっしゃる?」
「そうだ。故にある程度は推察できる。准教授程では無いが行動に伴う結果を操作する方法も」
 だが証明もしようがないので個別に報告してくれたようだ。
 今後の対応は他の誰かか……A曰く逝がしてくれるらしい。
「ああ。それと」
 Aはフルフェイスを機械の手でノックした。
「『コレ』は『A』より悪辣なんだ」
 Aには善悪の概念が無いが、逝には判断に0と1しか無いそうだ。
 智子の心を開き、自分の問いに誠実に答え、電磁波被害者の会の心境を汲み取って判断を下した人が?

 正美は頭を下げた。Aを、驚かせただろうか。
「貴方達が羨ましい」
「羨望とは非常に特殊だ」
「私は、自分の感性を呪う時さえあります」
「……」
「人の想いがね、共鳴するんですよ。それに比べれば」
 Aの顔は、動かなかった。
「貴方を信頼してお伝えします。波は常に起きている。そしてそれが魔物を作ったのだと私は思っています」
「……。何れ波は襲い掛かると」
「ええ。私も含めた全ての人に、等しく。物理的被害ではないと思います。ですがこれは多様性維持のために必要なんです」
「波は攪乱を齎すということか」
 博覧強記の為か。話が早くて楽だ。正美は頷きを返した。
 この事実は彼だから言ったのだ。他の覚者に言ったら……。
「だがそれは魔物の目的か?」
 その問いに、正美は答えなかった。

●Case11『教授』新田・成(CL2000538)
 ――来ちゃった。
 ある研究室を眼前にして正美が抱いた感想はそれである。
 入り口には暖簾、それと、杉玉だったか。少し枯れている。意を決してノックをしてドアを開けると、酒の匂いが鼻をついた。
 天井まである本棚がずらりと並んだ部屋。そこに見えた姿に、正美は頭を深々と下げた。
 新田成。五麟大学教授。専門は近現代史を中心とした歴史学。特に日本酒の文化史、産業史。予習はばっちりだ。
 もっとも近代史は受験で何度心を折られたか、ぐらいの領域だが。
「改めまして自己紹介を。新田と申します」
「菊本です。先日は有難うございました」
 一見すると温和な老紳士と握手を交わし、彼は頭を再び下げた。
 成は地酒を用意してくれたのだが……
「東京にも地酒が?」
「福生や東村山、青梅、23区内ならば北区などで」
 感心しつつも生憎正美は飲めないので甘酒を頂くことに。
「語らいこそ、最高の肴です」
 そう語った成がFiVEに入った理由は、
「設立当時、私は既に五麟大学の教授でしたので。御崎君にも味方が必要でしたし」
 それだった。当時既に准教授で、スカウトを蹴った自分とは大違いだ。とはいえ、
「荒事の場数を『それなりに』踏んでいましたから」
 そう言って微笑む顔に、正美は心の中で苦虫を噛み潰した。
 上等のスーツ、歩き方、穏やかな声。……ああ『そういう』人種か。
「ま、私のことはさして重要ではありません」
 成から視線を逸らし、溜息と頷きを返す。
「重要なのはラプラスの魔です」
 この分野は素人ですがと前置きをされ、びくりと身体を震わせた。……相変わらず人が悪い。
「今現在見えている観測者たるラプラスの魔の意図は……覚者・非覚者問わず『物事やその因果は単純化できる』と考える人々の淘汰。では、彼がその先に望む世界とは何なのか」

 ――僕は、理想郷を作りたいんだ。

 魔物の声が、聞こえた。

「覚者、非覚者の交わる社会、その未来を選ぶのは君を含む若者の仕事です」
「……私も、ですか?」
 成は頷きを返した。
「その選択肢を広げる為の手助けは、老人の仕事です。故に、観測者が若者の選択肢を狭めるものであれば、私は斬らねばならない」

 ――カクシャはカクシャ、人は人。そうするしかない。
 ――僕は、僕はもう……。

「Wir müssen wissen — wir werden wissen.」

 慣れぬ酒の匂い、そして『予測』した未来に目眩を覚えた正美を現実に引き戻したのは、成の声。
「ヒルベルト……ですね」
 青い顔を見せただろうか。しかし成は笑顔のまま頷いた。
「ええ。我々は観測者を知らねばならない」
「……」
「かの観測者は孤独なのかもしれません。時代を先取りした科学者がそうであったように、理解者に恵まれない。だから自分の理解者を増やしたい。ならば知らねばならないでしょう」
「……」
「些か、感傷に寄り過ぎた解釈でしょうか」
 正美はそれに首を横に振った。
「いえ。それが一番近いと思います」
「……近い」
「ただ……観測者は賛同者を認識しています」
「その根拠は」
「隊長です。彼は魔物の愛犬だ。
 むしろ逆で……賛同者が増えすぎていることが、魔物を孤独にさせているかと」
「逆説的ですな」
「ですが真理です」
 ようやく息を吐くことが出来て、溜息を一つ。
「新田先生」
「はい」
「先程、先生は覚者・非覚者の交わる社会を選ぶのが私達の仕事と仰いましたが」
 沈黙。
 胸の奥の魔物がぞわりと騒めいた。
「それで軋轢が発生したら……相互非干渉も共存として……」
 しかしその魔物を斬るように、成は一言。
「それがもたらす災禍はその軋轢以上に悲惨なものです。歴史が証明している」
 魔物の断末魔が、聞こえた気がした。
「その、通りです……」
 落胆する正美の肩を、成は静かに叩く。
「先程言ったでしょう。
 ……その選択肢を広げる為の手助けは、老人の仕事だと」

●Case12『アイラブニポン』プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
 これだからアルコールは駄目だ。匂いだけでやられる。周囲が暗くなる中、寮に戻ろうとして学園内を歩いていた時。
 突如後ろからそいつはやって来た(二度目)

『字数に配慮した王子登場のテーマ』
(チャラッチャラッチャー)
テレレッテッテーテーレレーパパヤパパーパパー(ouji……)
テレレッテッテーテーレレートゥトゥラトゥトゥラトゥー(ouji……)
ア~アア~アアア~ア~アアア~アア~アアア~おーうじー♪
(ペチーン!ペチーン!)
ごめんね出来心なの!
余も街をさまようMidnight fogに孤独なSilhouetteを動き出したかったの!
まぎれもなく!

 突然の登場に正美は腰を抜かしてその人物を見上げた(二度目)
 グレイブル卿。というか前回の歌(タイトル等含む)より全角40字程増えてるんですが。
 そんなメタなツッコミお構いなしにプリンスは爽やかな王家スマイルだ。
「やあチェックの民!」
「酒臭っ!」
 ……完全に出来上がっているが。
「出来上がってるね?」
「それは貴方だ」
「プロフェッサーの所の帰りなら余はシメ担当だね」
「飲んでません」
「ラーメンしばこうよ!」
「……」
「担々麺食べたい!」
 そして正美は考えるのをやめた。
「しかしニポンは暑くも寒くもないのに、何で民は辛い物好きなんだろうね?」
 溜息が、口をついた。

 24時間営業のこもれびでラーメンを食べた後、王子の首根っこをつかんで正美はそこを出た。……何で自分が王子を引っ張れてるんだろう?
 その後の事。
「あそこの民は結局何をしたいんだろう?」
 プリンスのその言葉に、正美は目を剥いた。
「憤怒者だよ。覚者にだけ効く毒があって、簡単大量手に入る。手当たり次第撒くなり古典的にダムに混ぜるなり、今すぐ殺す方法があるのにそれをしない」
 ……この人、やっぱ賢いだろ。しかし正美は率直な意見を言うことにした。
「致死量は馬鹿馬鹿しい程の量ですよ?」
「でも術式が使える覚者ばかりじゃないし放置したらいずれ死ぬよね?」
「あー……」
「ジェノサイドより胸がすく嫌がらせがあるの?」
「無い事は無いでしょ」
「でもそれってある意味共存じゃないか。どんなに余達が辛かろうと」

 言っていることは至極道理だが、馬鹿王子はアホ面ぶら下げたまま。
 それはともかくとして、先程の成とのやり取りを思い出す。

 ――相互非干渉も共存として……。

「憤怒してない民が憤怒者を操ってたらしっくりいく。でもそれって誰も得しないよね?」
「いやでも、XIの発端って隔者の行為に抗議した非覚者の遺族団体ですよね? なら殺戮を良しとしない構成員がいても……」
 その時、背筋を何かが伝う感覚を覚えた。

 ――魔物は、そのひずみさえもを承知だったら……?

 一瞬の沈黙。それを破ったのはプリンスだった。
「そこら辺はチェックの民に任すよ」
「はい?」
「余、貴公見てたらメイドさん遊びしたくなったからさ」
 そう言って、王子はまた口ずさんだ。

『字数に配慮した王子泥酔して退場のテーマ』
 あなたはおぼえていますか 最後に彼に会った日
 忘れてしまったのかしら 初めて紡いだ言葉

 超上機嫌でスキップしつつそこまで歌って、王子はくるりとこちらを向いて。
「所でさ、思ったんだけど」
「はい」
「ポエムでプレイング書く民ってさ、マジすごくない?」
「……はい!?」
 あまりのメタ発言に眼鏡がずり落ちた次の瞬間、
 翼人必殺エアブリット(威力:517)がプリンスを直撃。彼の身体は容易く吹き飛んだ。

「ええええ……」
 今回ある種の信念は犬に食わせることにしました。後悔はない。

●Case15桂木・日那乃(CL2000941)
 拘束されてたまるかという勢いだけで、逃亡は成功した。
「スーパー公務員め……」
 学園内のベンチで、分かりにくい悪態をつく。
 そんな時のこと。

 一つの足音。
「!?」
 音の主を見て正美は驚いた。
 桂木・日那乃。先日の電波障害の件に対処した少女だ。実際に会うのは初めてだが、報告は聞いている。
 彼女はこちらを凝視し、ぽそりと一言。
「先生、おはなし聞く、ひと?」
 どうやら自分の噂を聞いたらしい。ようやく安堵した。
 お互いに頭を下げた後、正美はジュースを近くの自販機から買ってきて彼女に渡した。二人でベンチに座り、話を聞く。
「FiVEに、入った、理由。最初は、ごはんと、ねるところ」
 とつとつと紡がれた言葉に、痛みを覚えた。
 学校に行けることも理由のようだったが、自問自答な辺りは疑問があるのか。

 ……それよりも。
「それに。周り、覚者ばっかりなら。読心術、効かない」
 僅かな不機嫌さを含んだ言葉。見えていい心の内ばかりではない、か。
「それは……辛い」
 日那乃は静かに頷いた。
「今は。理由、もうひとつ」
「ん?」
「FiVEの、夢見さんたちは。優しい、から」
 何の気なしに聞いた言葉。ザクリと何かが刺さった。

 夢で見た相手は関係が無い筈なのに、彼等を助けてくれと訴える。手出しできない夢見に代わって、彼女は依頼を受けているそうだ。
「気にしなかったら。ただの、夢、ね」
「そうだね……」
 動揺は、出来るだけ隠した。
「今度は、わたし。先生は。夢見の力、無くなったら、しあわせ?」
「え?」
 意図が把握できず思わず日那乃の方を向くと、吸い込まれるような茶の瞳がこちらをじっと見ていた。
「わたしは、嫌、だけど。
 覚者の力、なくなったら。ただの、子供。ごはん、たべられない」
 それは、そんな心配を子供にさせている事がおかしい。そう思いはしたが、日那乃が愛おしげに守護使役を撫でているのを見て言葉を飲み込んだ。
「マリンも、見えなくなる、から」
「……」
「こういう質問、ほかのひとには、聞けない、から」
 彼女は以前、依頼で日本国周囲の結界の近くに行ったことがあるらしい。少しずつ、マリンが消えて行った。
 外に出たら、妖はいなかった。覚者もいなかった。非覚者だけだった。
 当然、日那乃は妖や覚者のいない日本を知らない。一方で、正美はそれをよく知っていて――。
「みんな、ふつうのひとに、なった、ら。みんな、しあわせ? そのほうが、いい、と思う?」
 数秒間。風と共に静寂が流れる。
 困ったように笑ってから、正美は口を開いた。
「正直、分からない。
 例えば毎日嵐の国があって、ある日嵐が無くなったら、喜ぶ人はいる。でも嵐で壊れた物を修理する人は困る。そんな感じかな。人によって考えることは全く違う。だから、分からない」
 彼女の表情は変わらない。元々そういう子なのだろう。ここは、素直に言うべきか。
「私は、自分の力が無い方がいいと思ってた」
 風が、吹いていた。
「君が生まれるよりもっと前から、沢山怖い夢を見た。友達が死ぬ夢も見たけど、結局彼は死んだ。
 今も自由に学園の外へ出ることができない。私達の力は珍しいからね」
 小さな手がぎゅっと動くのが、見えた。
「でも。私は自分の幸せを守れなかった分、人の幸せだけは守りたい。だから君が因子を持てた幸せは、私にとっても幸せだ」
 それはある種、今までの償いでもあるのだが。
 彼はベンチから立ち上がると、しゃがんで彼女に視線を合わせた。
「君みたいな優しい子はもっと自分だけの幸せを求めていい。……でないと周りの人達が悲しい。私も泣く」
「ともだち、いる」
「そっか。よかった」
「せんせい、泣くのも、嫌」
「そ、っか」
 風が、再び吹いた。
「友達、大事にね。幸せに、ね」
 日那乃は、小さく頷いた。

 去って遠のく彼女の背。そこに生えた小さな羽根が、目に焼き付いた。


 空は、抜けるように青かった。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
『斬り拓く剣』
取得者:新田・成(CL2000538)
『眩い光』
取得者:華神 悠乃(CL2000231)
『黒い飼い猫』
取得者:柳 燐花(CL2000695)
『冷徹の論理』
取得者:緒形 逝(CL2000156)
『腹筋ブレイカーの会名誉会長』
取得者:プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)
『託された光』
取得者:工藤・奏空(CL2000955)
『笑顔に見える陰』
取得者:三島 柾(CL2001148)
『小さな翼』
取得者:桂木・日那乃(CL2000941)
特殊成果
なし



■あとがき■

皆様参加ありがとうございました。
前回参加者の方はご存知かと思いますが、同時納品予定のPage1と同一時間軸の話であり、章タイトルのナンバリングは時系列に彼が記録していったことを表しています。
「この人何から逃げてるの」等と疑問に思う点については解消されると思いますので、もし宜しければそちらもご覧下さい。
楽しんで頂けたら幸いです。